北京五輪出場へ勝負の時 モーグル男子・杉本選手

起死回生「今が一番良い時期」

フリースタイルスキー・モーグルの男子日本代表、杉本幸祐(こうすけ)選手(デイリーはやしや所属、松本大出)が、来年2月の北京冬季五輪出場を見据えてトレーニングに励んでいる。
コロナ禍の2020―21年シーズンはW杯全5戦に出場、2月のアメリカ大会で自己最高の4位(デュアルモーグル)に入った。世界ランクも15位まで上昇。これは、男子日本代表の中で、エースの堀島行真選手(世界ランク4位)に次ぐ。
ナショナルチームの中で最年長の26歳。大町北高3年の時に代表入りを果たしたが、5年後の17年に代表落ちした。そこから不屈の闘志ではい上がり、19年から再び日の丸を背負うようになった。
世界の大会で表彰台に上り、支え続けてくれた人たちにメダルを届けたい―。勝負のシーズンまで4カ月。

拠点移し全集中

6月30日、長野市内のパーソナルトレーニングサロン「ライフィット」。杉本幸祐選手は、オーナーの板橋亮さんが与えるメニューを次々とこなしていった。部屋に筋トレ器具はない。ここで行うのは関節の可動域拡大と体のバランス調整を目的とした運動だ。
通い始めたのは19年12月。昨年8月には活動拠点を松本から長野へ移した。シーズンオフの今は月に2~3度ライフィットに通い、自宅でのトレーニングに生かす。
起伏のある山麓をロードバイクで週に10時間こぎ、ランニングもこなす。月の半分は代表合宿や個人トレーニングで県外へ。生活のほとんどをモーグルのために費やす。「1日1日、濃い時間を過ごしたい。どん底を経験しているんで」

苦難良い転機に

転機は大きく2回あった。最初は大学3年の時のかかとの骨折。一時、コブが滑れなくなった。だがその間、滑走技術向上のためアルペンスキーの技能テスト(バッジテスト)に挑み、最難関の「クラウンプライズ」を取得。コブ斜面の滑走技術上達につなげた。
骨折は、筋力アップを主軸とした体づくりを考え直すきっかけにもなった。社会人になると、筋トレを最小限に抑えて体を軽量化。関節の可動域を広げる現在の方針に変更した。
次は、社会人1年目に経験した代表落ち。「翌年の平昌(ピョンチャン)五輪に出場する」とアピールして、デイリーはやしや(松本市)のアスリート社員になった直後だった。
「一般選手」となった杉本選手を職場の同僚は温かく見守り、会社も選手活動を支援。周囲の変わらぬ支えが心に火を付ける。「五輪に出場し、何としても恩返しを―」。トレーニングを続け、海外の大会にも参戦。結果を出し、2年で代表に返り咲いた。
代表復帰シーズンの19―20年、W杯9戦中4戦で決勝(16強)に進み、一桁順位も2度(8、9位)達成。20―21年はコロナ禍でW杯開催は5戦のみだったが、うち2戦で決勝進出。経験、技術、体づくりなど、培ってきたものがかみ合い始め、自己最高のポジションを獲得した。
モーグルでの五輪出場を夢見て、中学1年の時に静岡県袋井市から大町市に移住してきた杉本選手。だが、これまでソチ(14年)と平昌、2大会で出場を逃してきた。
中信地区を拠点にした競技生活も15年目。「酸いも甘いも経験して今が一番いい時期。ベテランの強みを見せたい」。目の奥の闘志がメラメラと燃えた。