出たかった家が研究対象に 民俗学者・老舗居酒屋の跡取り市東さん

「参与観察」面白さのめり込む

老舗居酒屋の跡取り息子にして、新進気鋭の民俗学者。肩書がこの取り合わせになったのは、「行き当たりばったり」と市東真一さん(28、松本市)は振り返る。10年前、「とりあえず家を出たかった」と選んだ民俗学の道に、いまやどっぷり。実家を対象にした研究にも、使命感を持っている。

学会の研究奨励賞を受賞

創業70年を超える「しづか」(同市大手4)を経営する一家の長男。昨秋、熊谷うちわ祭(埼玉県熊谷市)に関する論文で、日本民俗学会の研究奨励賞を、長野県出身者として初めて受賞した。
店も研究の舞台に。昨年、疫病を鎮めるとされる妖怪「アマビエ」の護符を消しゴムはんこで作って店に置くと、日に数十枚がもらわれていった。「自分で民間信仰を作った」という感覚。「しづかアマビエ」の広がり方を論文にした。
「普通はうわべだけの研究になりがちだが、自分の場合、この地域にいる。今までの学者にできないことができる」

創業70年超 店の歴史も

だるまや七福神の置物といった古いものになじんで育った家を、高校卒業を区切りに出たかった。パソコン部の担当教師から民俗学を教えられ、興味がわいた。本格的に学ぼうと北海道の短大に進み、東京の大学に編入した。
大学での研究が、民俗学にのめり込むきっかけに。成田祇園祭(千葉県成田市)の調査で、ある町内で祭りを体験した。民間伝承を調べるため、営みに加わる「参与観察」という手法。当事者として顔役らと交流し、面白さに目覚めた。
学業を延長して大学院へ進む際、博士課程の1年で戻ると実家に約束。松本に戻って論文を仕上げ、博士号を取得した。地元で調査して気づいたのは「しづかの名前のおかげで、史料を見せてもらったり、話が聞けたりする」。使えるものは使う―と割り切っている。
格好の研究対象が、実家の店そのものだ。民俗学は、商業や商家をあまり扱ってこなかったという。「参与観察できる学者は僕だけ。やらなきゃいけない」。人やお金のつながりなどを調べることで、店の歴史を残せるとも思っている。

「民俗文化がなぜ受け入れられているのかを研究すると、最終的に『心』を考えることになる。哲学のようなところがある」と市東さん。午前は店で仕込みを手伝い、午後は研究と、時間をやりくりした時期も。この先は大学で教職に就き、研究を深めたいと考えている。