縄手通りのシンボル「ガマ侍」職人技で修復

細部までこだわりよみがえる

松本市中心部の縄手通り西側入り口に、まるで用心棒のように鎮座する像「ガマ侍」が登場して16年。茶色のカエルの上に2匹のカエルの殺陣姿を形作った像は、訪れる観光客に強烈な印象を与え、今やすっかり通りの名物となった。
元は東京藝術大デザイン科の学生らが学園祭のために作ったみこし。祭りの後、処分される運命だったが、どうにか残したいと、学生がカエルに縁のある地域に掛け合ったところ、唯一引き取ってくれたのが縄手通りの商店街だった。
以来、雨風にさらされ、色が剥げ落ち、所々のパーツが壊され、ボディーの発泡スチロールが見える状態となっていたが、6月末、まぶしいほどきれいに修復され戻ってきた。そこには、像制作者への敬意と修復を担った職人の技が凝縮されていた。

応急処置限界に職人が復元挑む

像は制作した元学生らによって2012年に一度大規模に補修された。それ以降はナワテ通り商業協同組合理事長の齊藤勉さん(70)が応急処置をしていたが、それも限界に近づいていた。
縄手だけでなく、今や「松本のシンボル」にもなりつつあるガマ侍を保存したい―。像がある千歳橋北側の広場を松本市が整備するのに合わせて、協同組合が今春、修復を依頼した。
全体指揮を執った古市シート工業(同市野溝東1)代表の古市賢一さん(54)が、仕事仲間に声を掛け、資材提供した会社を含め9社が修復に携わった。
2メートルを超す像を修復するには足場を組む必要があったため、20メートルほど離れた松本城大手門枡形(ますがた)跡広場に像を移動し作業場を構えた。左官のプロである松本三谷官業(同市征矢野1)代表取締役の三谷恒彦さん(56)らが、ボコボコに穴が開いてしまったガマ侍の造形をきれいに復元し、防水処理を施した。ウレタン加工も手掛ける古市さんは、無くなっていた指などのパーツを発泡スチロールブロックを削り出し、金属の芯で補強し再生した。
色あせてしまったガマ侍の配色は、デザイナーの金田圭介さん(46、安曇野市豊科)が担当。学生が制作した04年当時の写真はあったものの、全ての原色は正確には分からなかった。「作った人にこんなにもきれいに修理してくれたんだと思ってほしい」とできる限りの復元を心掛け、色数は30を超えた。
塗装を担当した中島塗装店(松本市高宮東)の原栄司さん(67)は「色数が多い上、手のくぼみなど色分けが細かくて苦労した」。色と色の境目をぼかす質感や立体感を出せるのは腕次第だ。「完成予想図以上です」。金田さんは職人の技に感服する。
像の痛みが激しく、作業期間は当初の予定の倍近い約1カ月を要した。職人の技が結集し、よみがえったガマ侍。「松本へ恩返しができたかな」。三谷さんは、晴れやかな表情でガマ侍を見上げた。