【小林千寿・碁縁旅人】#9 夏の思い出

外のテラスで9歳の少年に指導(筆者は左)。そのお礼は「野の花のブーケ」

フランス人気質

開催に賛否両論がありましたが、オリンピックの世界のアスリートの活躍ぶりを観戦していると、今日までの努力と忍耐が伝わり、目頭が熱くなります。
夏休みに入った今、残念ながらコロナ感染者が急増し、昨年に続き移動し難くなってしまいました。
私は囲碁のプロ試験が毎年夏にあったので、高校2年の8月に受かるまで休みはありませんでした。プロ棋士になってからは、夏に長い休暇を取る習慣の欧州の囲碁大会・合宿に指導に出掛けることが増えました。
海外囲碁普及に慣れてきた1986年夏、南仏の田舎の囲碁合宿に初めて指導に行った時のことです。合宿場は広い敷地で24時間、どこかで誰かが碁を打ち、踊り、飲み、歌っている日々。碁の指導以外は全く自由で、気遣い、お構いなし。
そんな状況のため、私は食後は居場所が見つからず、どうしたものかと一人、テラスの石垣に座って夕焼け、星を見ていました。すると、そこを通り過ぎるプレーヤーがだんだん声を掛けてくるようになり、そのうちに座って話し込み、気付くと大きな輪になっていたり…。
なんというか、フランス人の中に無理して入ろうとせず、自分の場をつくり、そこにフランス人が立ち寄る。強制されるのを嫌うフランス人の方から、一人で座っている私に「何してるの?」と声を掛ける状況になったのが良かったのでしょう。
数日たつと、英語が通じない子どもたちも碁を習いに来てくれるようになり、その合宿の空気に馴染(なじ)めました。
そして合宿最後の晩はお別れパーティー。夕闇の中で待っていてくれた少年が囲碁指導のお礼にと渡してくれた野原で摘んだ花束。みんなで草むらに寝転んで流れ星を数え、ピレネー山脈のシルエットが見える夜明けまで語り合ったのは、楽しい夏の思い出です。
(日本棋院・棋士六段、松本市出身)