チョウの採集と標本70年 経験や知識伝える

チョウとの関わり元気の源に

「わあ、かわいい」「飛んだ、飛んだ!」
大町市平のしらかば保育園の園庭に、子どもたちのはしゃぎ声が響いた。チョウ採集家の山﨑一彦さん(79、同市大町)が飼育したり近くで捕まえたりしたチョウやトンボが、園児の小さな手から夏空に飛び立った。
同園は昨年度、山﨑さんが育てるジャコウアゲハの幼虫を譲り受けて飼育。園内に食草を植え、今年は自然に育つ様子を観察しようとしている。
10歳ごろから採集と標本作りを続けてきた山﨑さん。一度は区切りを付けるつもりだったが、地域の子どもたちとの関わりが生まれ、経験や知識を伝えながら元気の源として楽しんでいる。「チョウや虫、自然に興味を持つ子が増えたらいい」。園児に向けるまなざしは温かい。

園児たちと交流昆虫に親しみを

「ジャコウアゲハ」「モンシロチョウ」「モンキチョウ」。山﨑一彦さんが持ってきたチョウを見て、しらかば保育園の園児たちはすらすらと種類を言い当てた。
中には、怖がって手を引っ込めてしまう子も。「怖くないよ、ほら」。優しく声を掛ける山﨑さん。ジャコウアゲハの雄が出すにおいを「いいにおいだよ、かいでごらん」と紹介し、園児の鼻に近づけた。
昨年度は、20年ほど前から自宅で飼育しているジャコウアゲハの幼虫を園に分け、園児たちがその成長や羽化を近くで見届けた。山﨑さんは園を訪れ、標本を見せたり成長の過程を園児たちに説明したり。幼虫が食べる食草のウマノスズクサも分けて園内に植え付け、放したジャコウアゲハが産卵し新しい命が育つ様子が観察できればと期待する。
「苦手だった子が触れられるようになったり、いろんな生き物に興味を持ったりする子も出てきた」と若林きみ子園長。山﨑さんは「小さいころから触れて親しむ経験から、少しでもチョウや虫が好きになってもらえたら」と願う。

チョウの舞う姿人生の励みにも

子どものころチョウの美しさに魅せられ、詳しい大人との出会いもあって熱中した。以来、主には大町市内や安曇野で採集し、標本にしてきた。
30年ほど前、勤務中の事故で親指を除いた右手の指4本を失った。直後はひどく落ち込んだが、松本市内の病院に通う道すがらに日々目にしたチョウの姿が励みになり、趣味は諦めなかった。標本作りの際に虫ピンをつまんだり刺したりできるよう、人さし指は第2関節ほどの長さまで確保する処置を施してもらった。
2014年、大町市の市制施行60周年と自身の収集開始約60年に合わせ、集めた標本92箱分(チョウ約145種3300匹、トンボ約8種200匹)を市に寄贈した。「これでやめらっと思ったがせ…」と山﨑さん。
だが、大町西小学校の標本クラブ(19年度まで)や、山村留学センター「八坂美麻学園」の学園生への指導など、子どもたちへ魅力を伝える機会が増えたこともあり、その後も継続。「好きなことって、やめられないものなのね」と妻の久子さん(75)。
好きが高じて自宅敷地内に「標本部屋」も作った。一度はほぼ空になった標本箱の収納棚は、再び徐々に埋まりつつある。一番好きなチョウを尋ねると「困るなあ」と笑う山﨑さん。「けがの時もそうだったが、このおかげで今も元気でいられるのかも」
79歳の夏。採集の数は抑えながらも少年時代そのままに、野に舞う姿を追い掛ける。