定年後さまざまな絵画に挑戦 米窪交平さん

元小中学校教諭の米窪交平さん(87、塩尻市堀ノ内)は、定年後の60歳を過ぎてからボタニカルアート(植物細密画)や水彩画、写仏を始め、米寿を目前にした8月下旬、初の個展を開いた。「考えるよりやってみる」と、興味が湧いたことに次々と挑戦してきた米窪さんを訪ねた。
8月19~24日に松本市出川の「額縁のタカハシ松本店」で開いた初の個展には、今までに描いた絵画の中から約40点を展示。
3種類の絵画を始めたきっかけや思いなどをつづった紹介文と、展示目録を用意。60歳以降の自身の取り組みを手書きの年表にまとめるなど、随所に元教諭らしい細やかさがにじみ出た。自らパソコンを操作し、パワーポイントで作製した生い立ちも上映した。
会期中は、かつての同僚や教え子、絵画仲間らが続々と訪れるなど、多くの人に慕われている米窪さんの人柄が伝わってきた。

元々、図画工作が好きだった米窪さん。定年後、最初に始めたのはボタニカルアート。塩尻市立蝶(ちょう)の博物館(現自然博物館)館長として4年間勤めていた時、小学生から「チョウの心臓はどこにあるの?」と質問され、チョウの体を図示しようと取り組んだのがきっかけだ。
細部まで表す画力を付けるため、通信教育で習い始め、塩尻市内の教室にも通った。生命の不思議に引き込まれて描いた作品は、園芸の専門誌に最優秀賞として掲載されるなど評価された。「ますます楽しく、励みになった」と振り返る。
水彩画は、64歳の時に塩尻東小学校の学校開放講座に参加して始めた。その後、数人の仲間で塩尻東公民館の絵画グループ「4Bの会」を結成し、現在も活動している。
風景や静物、人物などさまざまな画題に挑戦。「これを描く、と最初から決めるのではなく、描いているうちにイメージが定まってくる」。絵を描く魅力を「集中すると、煩わしいことを忘れて夢中になれるのが心地いい」と話す。
修学旅行を引率して京都、奈良の寺院を巡っていた中学校教諭時代から、仏像に興味を持っていた米窪さんが、写仏を始めたのは80歳から。2013年に他界した妻への供養と自身の気持ちを整理するためだ。
最初に習った墨絵では物足りなくなり、郷福寺(同市広丘郷原)の仏画展で知った同寺住職の教室で彩色に挑戦。NHK文化センターでも学んでいる。岩絵の具と膠(にかわ)で描く難しさ、背景にある歴史などの奥深さと今でも向き合っている。
塩尻市の高齢者パソコン学習グループにも68歳から5年ほど参加し、ワードでの文書作成やパワーポイントなども学習。自分史をパソコンで書き始めている。

「定年後27年、浅く広くよくやったな」と振り返り、「周りの人たちのおかげと、病気をしなかったのが幸い。年寄りの生き方の一例として何かの役に立てば」と願う。「これから描きたい菩薩(ぼさつ)がある。水彩画も続けながら、自分史の完成も目指したい」と意欲は衰えない。