父と息子がつなぐパン工房 小麦栽培からこだわる天然酵母パン「きんぴら工房」

ショーケースの中に、1点ずつ大切そうに陳列されたパン。父から息子へと受け継がれたレシピに磨きをかけ、父が育てた小麦も原材料に、丁寧に時間をかけて作り上げた自慢のパンだ。
塩尻市宗賀で長年人気のあった自然派天然酵母パン店「きんぴら工房」。経営を代替わりし、松本市清水に移転して半年がたつ。
環境を変えて心機一転、パン作りに精を出すのは、中野葉(よう)さん(34)。父の人士さん(66)が35年かけて育てた店のコンセプトや顧客は引き継ぎながらも、見直すべきところは見直し、自分らしい店づくりを目指す。
創業当初から健康や安全にこだわり、小麦も自ら栽培している人士さん。徹底した自然農法で試行錯誤しながら、パンの素材づくりを通して息子をバックアップする。
「いらっしゃいませ」。10月の小雨の日、松本市清水1の「農園パン屋きんぴら工房」に次々と客が訪れた。店主の中野葉さんも厨房(ちゅうぼう)から出てきて客と応対する。
人気商品「するめこっぺ」、自然の甘みの「かぼっちゃん」、ずっしり重みのある「角食」など、ラインアップは約15種類。280円からと値は張るが、10点近くまとめ買いする客もいる。
パンには有機レーズンからおこした天然酵母を使い、18時間発酵させる。原材料も厳選し、特に小麦は県産をベースに、人士さんが育てた有機栽培黒小麦の全粒粉も使う。酸味は抑え、独特の香ばしい風味や栄養価の高さが特長だ。
「なるべく農薬や添加物は避けたい。自家製小麦を使うのも貴重で応援したい」「安心して食べられる。硬すぎず、子どもも喜んでいる」と常連客。葉さんは「スーパーやコンビニとは対極の、昔ながらの手法で時間をかけて作ったスローフードのパン。どちらもあっていいし、選択肢は多い方がいい」と気負いはない。

同店は35年前、人士さんが旧堀金村で立ち上げた。食品添加物などにも強い関心を持っていた人士さん。オーガニック食堂の傍ら、まだ珍しかった天然酵母パンを独学で学び、作り始めた。結婚を機に妻の実家のある塩尻へ移転。地元で採れた粉を使いたい一心で、畑を継ぐと自ら小麦を自然栽培し、パンに取り入れた。
そんな父を見て育った長男の葉さん。美術系の大学に進んだが、一緒にパンを作る道を選んだ。今春から父は畑、息子は店舗と「完全分業」になった。
「ナチュラル」を追求するがゆえの難しさも。葉さんは「天然酵母は温度や湿度に左右されやすく、生地の様子を見ながら微調整が必要」と、朝2時起きで生地と向き合う。人士さんは、2ヘクタールの土地で小麦や大麦、ソバ等を自然栽培し、自家製粉している。草取りに追われ、収量も安定せず経済的には厳しいが、それでも「毎日が1年生。実に面白い」と、自ら掲げたコンセプト実現のために忙しい。
徹底して理想を追う「感覚派」の人士さんと、現実を見据えた経営を目指す「理論派」の葉さん。考え方の違いでぶつかることもあったが、人士さんは「彼は彼のパン屋をやっている」、葉さんも「父のこだわりやこのパンの良さをもっと広めたい」と、互いに認め合いながら前に進む。

【農園パン屋きんぴら工房】
水~土曜の午前8時~午後1時。駐車場は店の100メートル北に2台分。パンは、アルプス市場(寿白瀬渕)など松本市内外の直売所、有機食品宅配の「信州あいのう」でも購入可。kinpirakobo@gmail.com