「諏訪信仰」なぜ全国に

来年、7年目ごとの御柱(おんばしら)祭が行われる諏訪大社。その諏訪信仰が全国に広がったのはなぜか─。松本市あがたの森文化会館でこのほど開いた市民講座サロンあがたの森で、長野市の文筆家北沢房子さん(62)が「諏訪の神さまが気になるの」の題で話した。
この中で北沢さんは、諏訪大社の主祭神は「建御名方神(たけみなかたのかみ)」だが、明治になるまでは「諏訪明神(大明神)」が神であり「その中に建御名方神や風、水、狩猟など多くの神仏が同居していた」と説明。「軍神」として知られる諏訪明神を武士が信仰したのは「(仏教で禁忌とされる)狩猟(による殺生)も肉食も肯定してくれた」ことだと指摘した。
諏訪信仰が「全国区」になったキーマンは室町幕府のキャリア官僚だった諏訪円忠で、最大の功績は幕府や朝廷の中枢で諏訪信仰をアピールし、豪華絵巻「諏方(すわ)大明神画(え)詞(ことば)」を残したこと。この絵巻は表題の署名を天皇が行い、足利尊氏が奥書を記し権威を高め「地元があずかり知らないところで格が上がっていた」という。今も、京都の御射山町に円忠ゆかりとされる諏訪神社がある。
北沢さんは前回の御柱祭(2016年)を見て興味を抱き、古文書の勉強に取り組むなどし、諏訪信仰の「なぞ」解きに取り組んだ。昨年1月、今回の題と同名の本を信濃毎日新聞社から出版した。