精魂込めた穴窯で「初窯」

工房「鉢伏窯」髙野榮太郎さん 松本市

炎に包まれた1300度近い高温の窯内で、陶器が透き通ったように白く浮かび上がる─。
松本市内田の陶芸家髙野榮太郎さん(73)の工房「鉢伏窯」。古くなって傷んだ窯を解体し、新たに造った穴窯で、初めての窯焚(た)き(初窯)が18日まで行われた。
新窯が9月末に完成するまで4カ月かかった。髙野さんがこの地に窯を築いて45年。窯造りは修業時代を含め7回目だが、自身の年齢や窯の耐用年数を考えれば「人生最後の窯造り」と位置付ける。
初窯で焼いたのは、ぐいのみ、茶わん、花器など約600点。「イメージ通りにできた」という。それでも「焼き物は出してみなければ分からない。それまでは俎上(そじょう)の鯉(こい)の心境」。作品が姿を現す窯出し作業は、25日ころの予定だ。

古来の方法にこだわり作陶

松本市内田に髙野榮太郎さんが構える工房「鉢伏窯」で、この夏に造り直した穴窯の初窯。10日に火入れをし、17日が窯焚(た)きのクライマックスとなった。髙野さんと助っ人の友人らが、ほぼ5分置きに窯の最下部の焚き口や、途中にある穴からまきをくべる。窯内のエネルギーがほとばしるように、幾つかの穴から炎が噴出した。
窯焚きは昼夜を問わず24時間、休むことはない。毎日5、6人の力を借りなければできないハードな作業だ。

炎の中で「転生」土が作品に

「俺が作ったといっても、実際には窯が作る。焼き物は、土が窯の中で転生する。生まれ変わるんだ」。作業をしながら、髙野さんは自身の陶芸を、こう表現した。
穴窯は幅3メートル、高さ1・2メートル、長さ10メートルほどの大きさで、斜面にあるトンネルのような構造。焼き物窯の古い形式の一つだ。
焼き物は、基になる土、窯、燃料のまきが重要な三要素。髙野さんは「昔からのやり方をしないと、できない作品もある」と、古来の方法にこだわり作陶を続けてきた。

一人で新窯造りまきはアカマツ

新窯造りも一人で行った。使ったれんがは2000個ほど。大半は旧窯のものを再利用できた。窯の上に塗る壁土は「いい土が出たので、わらを混ぜて作った」。窯造りの時期はちょうど暑い盛り。体調を崩し「一時期ダウンした」という。
現代は電気やガスを燃料に使う窯が多い中で、鉢伏窯の主体はアカマツのまき。工房を開いた当初から、近隣の山林をはじめ松本市内で調達する。まきを買えば「札束を燃やしているようなもの」。だから「初めからアカマツのまきを自分で作らざるを得なかった」と振り返る。アカマツは松本の市木。地元への愛着もある。
工房には穴窯と登り窯の2つがあり、通常は年に2回、窯焚きをする。しかし、今年は穴窯の新窯造りに力を注いだため1回になった。窯には、縁起物で馬の字を反転させた図柄の「左馬」の茶わんなども数多く入れた。窯出しで作品を取り出すのは、窯焚きが終わってから1週間ほど後だ。
「(作品は)いったん彼岸の国へ行って、帰ってくる。窯の中で、いいふうに生まれ変わってほしい」と髙野さん。新年には、作品をお披露目する展示会を開きたいという。

【プロフィル】

たかの・えいたろう 1948年、波田村(現・松本市)生まれ。京都で焼き物と出合ったのがきっかけで「陶芸」の道を志し、72年から京都・清水焼、三重・伊賀焼の師の下で修業。76年に同市内田に工房を開設した。
松本市の百貨店井上や東京・高島屋などで個展を何度も開催。2005年にはフランスのパリでも個展を開いた。