来年「ビタちく」誕生70周年 大町との古い縁

「ソウルフード」食育にも

「世紀の難工事」といわれた黒部ダム(富山県)の建設。当時の作業員宿舎で出され、活力源となったのが、石川県から運ばれた「ビタミンちくわ(ビタちく)」入りのカレーライスだった。昭和の家庭でも食べられていた懐かしの味だ。
同ダムの玄関口・大町市ではこの秋、当時の作業員が食べた味が再現されたり、食育の一環で大町北小学校の給食に出されたりと、ちくわカレーが時代を超えスポットライトを浴びた。7割が信州に出回るビタちくは、来年が誕生70周年。製造元のスギヨ(石川県七尾市)が大町とビタちくとの古いつながりを知り、節目に企画、提案した取り組みだ。
令和の時代になっても信州で愛され続けるビタちくが結ぶ縁や食文化の歴史とは─。

カレーにちくわ小学校の給食に

「弾力があっておいしい!」「意外だったけど、思ったよりもおいしかった」
大町市の大町北小学校で11月、給食にちくわ入りカレーが登場した。輪切りにされたビタミンちくわは肉の代わり。懐かしさを誘う黄色っぽいルーの中で存在感たっぷりだ。初めて食べる児童がほとんどだったが、6年2組の教室ではお代わりの列ができた。
「栄養もあっていいと思う。家でも食べたい」と西沢なつみさん(12)。教職員からは「自分の子ども時代には当たり前に入っていた」「おばあちゃんが作ってくれた」などの声も聞かれた。
給食の前には5、6年生がスギヨ社員による出前授業を受け、七尾市の北陸工場をオンラインで見学した。児童たちは、ちくわの起源や歴史、ビタちく誕生の背景、原料や製造工程、輸送ルートの変遷などを学習。給食時の校内放送では栄養教諭が全校に向け、長野県、黒部ダムとのつながりなども紹介した。
同社による食育出前授業は今回試験的に行われ、来年度は大町市内の他の小学校でも実施を検討。市外の学校も要望があればできる限り応じたい考えだ。
ビタミンちくわの元祖はスギヨ。1952(昭和27)年に開発された。ビタミン豊富なアブラツノザメの肝油を配合したアイデア商品で、戦後の栄養不足を補う貴重な栄養源として大ヒット。時代とともにリニューアルを重ねてきた。長野県民にはなじみ深い「ソウルフード」的存在だ。

ダム建設の支え懐かしの味再現

黒部ダム建設作業員宿舎でビタちく入りカレーが出ていたことは、立山黒部アルペンルート扇沢駅(大町市平)のレストハウスなどを運営する関電アメニックスくろよん観光事業部マネジャーの柏原清さん(57)が10年ほど前、当時のダム建設作業員に聞いて判明。これに着想を得て話題性のあるメニューを開発しようと、昨年スギヨに問い合わせたのが縁で、スギヨ側がビタちくと黒部ダムとの関係を知ることになった。
誕生70周年の記念企画として、スギヨは当時のカレーを再現。同レストハウスで、実食を交えて元作業員やちくわ職人ら5人が思い出や苦労などを語る座談会を設け、後世に伝えようと映像に収めた。
建設会社の間組(当時)社員でダム建設に携わった髙橋秀夫さん(78、大町市常盤)は「食べるとなんとなく昔の味を思い出した。当時はごちそうだった」と振り返る。スギヨの製造現場責任者だった松井十九一さん(77、七尾市)は「ビタちくがダム建設の支えになったことはうれしい。(ビタちくを愛してくれる)長野県の人は心の友」と感慨深げに話した。

再現カレーや座談会の様子など、ビタちくの歴史を伝える映像は、来年2月ごろ同社の公式サイトで公開予定。同社は食育にも活用していく予定だ。