安曇野市の全小中学校で「弁当の日」

子どもたちが自分で弁当を作って学校に持っていく「弁当の日」の活動が全国に広がっています。安曇野市でも食育学習の一環としてこのほど、市内の全小中学校で始めました。導入のいきさつや活動の狙い、弁当作りを通して子どもたちは何を学ぶのかなどを関係者に聞きました。

16年秋明科中から 自立への足掛かりとして

安曇野市が最初に「弁当の日」の導入を検討したのは、同市の食育推進計画第2次(2014~18年度)の策定にあたり市民から声が上がったときです。
「やってみようという学校があれば応援したい」と考えた橋渡勝也教育長(65)は、提唱者の竹下和男さんを招いて講演会を開いたり、校長会などで働き掛けたりしましたが、実現には至りませんでした。
そんな中、2016年に明科中学校長に着任した古幡栄一さん(63)が、すぐに動きます。教育雑誌で以前から「弁当の日」を知っており、「これからの子どもたちに必要なのはこれだと直感した。自分が校長になったら、いつか絶対にやると決めていた」。
そこには「子どもから大人への階段を上がる時期に、自立への足掛かりとして弁当を作る楽しさや喜びを体験させてあげたい。与えられるだけでなく、与えることのできる人に。『ありがとう』を言うだけでなく、『ありがとう』と言われる人間に育ってほしい」という願いがありました。
教職員や保護者に熱意が伝わり、16年秋に初めて「弁当の日」が実現します。生徒からは「親への感謝」や「作ることの楽しさ」を感じたという感想、保護者からも継続を望む声がたくさん寄せられ、以来、同校では年3回実施しています。

休校で子らの実態浮き彫り… 自分で作って食べる力を

今回、同市が全小中学校で導入に踏み切った背景には、明科中の実績や全国的な広まりに加え、コロナ禍の休校で浮き彫りになった「家に一人だと何も作って食べられない、火や包丁はおろか電子レンジの使い方も分からない」といった子どもたちの実態があります。
橋渡教育長は「本市の教育の理念でもある『たくましい安曇野の子ども』は、体が丈夫というだけでなく、体、頭、心を使い、自分で考え、判断し、行動する子どもたちを目指していますが、今の子どもたちにはそうした経験が不足している。まさに今、弁当作りを通して子どもたちに必要なものを学ぶきっかけにしたい」と言います。
市は明科中の取り組みを参考に、最初から子どもたちが弁当作りのすべてを行うことを目指すのではなく、発達段階や学校の実情に合わせて、段階を踏みながら取り組めるよう勧めています。

堀金小は11月29日、3、4年生が初めての「弁当の日」を行いました。感染対策で普段は全員が前を向いて給食を食べていますが、この日は特別に円になって弁当を広げる学級もありました。
3年1組の稲葉実咲さん(9)が作ったのは、大好きな唐揚げ弁当です。目玉焼きやお菓子を作ったことはありますが、揚げ物に挑戦するのは初めて。
今回、取り組んだのは「メニューを決める、唐揚げを作る、おかずを詰める、おにぎりを握る」の4つ。「お母さんに教わりながら、夜のうちに唐揚げを作っておいた。彩りが良くなるようにおかずを詰めるのが楽しかったし、ピックを使うとかわいく仕上がることも分かった。次は卵焼きを作ってみたい」
母親の真理子さん(42)は「お弁当を作るプロセスで、子どもにもできることがたくさんあると気付いた。『お弁当を作ってみたい』という気持ちが、『どうやってお弁当を作るのか』と自分で考えて実践していくことにつながり、主体性を育むとともに完成した時の達成感を味わえる」と言います。
現在、古幡さんは同市教育委員会の教育指導員として各学校を回って「弁当の日」をサポートしています。
「子どもには失敗する権利がある。大事なのは、子どもたちが失敗から学んでいく機会を奪わないよう、親が見守り支援してあげること。生きるために食べることが不可欠である以上、自分で作って食べるという力こそ、将来にわたり、あらゆる場面で応用の利く生きる力になります」。

子どもと保護者感想

「弁当の日」を体験した穂高東中学校2年生と、小学5、6年生の保護者の感想を紹介します。
★子ども
「早起きして作るのは難しいし面倒くさいと思いました。だけど昼に食べたら意外においしくて、作ったかいがありました」
「入れたいものを考えて買い物するのが楽しかった。栄養バランスをあまり考えていなかったのが反省点。次はもっと時間に余裕をもって片付けまで終わらせたいです」
「彩りを良くするには、さまざまな食材を利用することが大切だと学びました。調味料の量を調節するのが難しかったです。今回自分で作ってみて、普段作ってもらえるありがたさを感じました」
「母と買い物に行き食材を選びました。お弁当の中身が動かないようにしたり、しっかり冷ましてから詰めるようにしたり。母がいつも栄養バランスを考えて買い物をしていることが分かりました」
★保護者
「料理や弁当作りに興味がなく初めは渋々でしたが、やるうちに楽しくなったようでした。弁当の準備は大変なんだと身をもって分かってくれたようです」
「子どもの成長を感じました。手作りのメニューが良いと自分で思い、バランス、色合いを考えられとても良かったです。日々、忙しさに追われてなかなか取れない時間を一緒に過ごせました」
「上手に卵焼きを作れました。サラダも食材選びや味付けをイメージして手際良くできました。おかずも考えながら詰めて、完成するとうれしそうに家族に見せてくれました」
「一緒に買い物に行き、弁当作りのために自分で目覚ましをかけました。『お弁当作りって前日から始まっているんだね。いつも早起きして作ってくれていたのを知らなくてごめんね』と言われ本当にうれしかったです」

【弁当の日】
2001年、香川県の小学校長(当時)だった竹下和男さんが始めた食育実践。子どもたちが自分で献立を決めて材料をそろえ、調理から弁当箱詰め、片付けまでを一人でこなすことで、食べ物とそれに関わった人への感謝の気持ちや家族のつながり、生きる力を育むことなどを目的としている。
現在、小中学校を中心に全国で約2400の実践校があり、県内では駒ケ根市と伊那市が先陣を切って2009年から始めた。