社交ダンス教室を開く水野さん 安心安全に配慮夢に向け再出発

おぼつかない様子でポーズに挑む幼児、軽快にステップを踏む小学生も─。社交ダンスを子どもにも広めようと、安曇野市で初めて開かれた体験レッスンの一こまだ。
松本市などで社交ダンス教室を開く水野瞳さん(50、塩尻市片丘)。学生時代に競技ダンスの道に入り、プロとして活躍後、地元へ。指導者としてのキャリアは28年になる。
密着が避けられない社交ダンス。コロナ禍で一昨年は生徒が3分の1に減り、レッスンも中止に。一時は廃業も考えたというが、安心安全に配慮して教室を再開し、やっと軌道に乗ってきた。
子どもや生きづらさを抱える若者らに、人と人とのつながりや心の一体感を感じられるダンスの良さを伝えたいと、新たな展開を模索する。

幼児も参加し体験レッスン

「社交ダンスのレッスンを始めます」。安曇野市のダンススタジオで開いた体験レッスン。幼児2人が準備体操をし、音楽に合わせて手をたたいたり足踏みしたりして、ダンスの初歩に挑戦していた。水野瞳さんは「上手上手」と笑顔で優しく声を掛ける。
レッスンを受けた北原木葉ちゃん(5)は「楽しかった。またやりたい」。母の真理さんも「小さい時から経験できる場は、ありがたい。体にも頭にも刺激になるのでは」。
水野さんは「言葉が話せなくても世界中の人とコミュニケーションできるのがダンス。生涯の趣味に、そして心が豊かになってもらえたら」と温かく見守った。

大学の部活で運命の出合い

水野さんは塩尻市出身。持ち前の運動神経で、幼少からやっていた水泳で選手となり、日本女子体育大学付属の高校へ進学した。同大に進み、新入生への部活紹介で見た社交ダンスと運命的な出合いをする。
強豪校だった他大学の学生とペアを組み、国内の大会で優勝するなどすぐに頭角を現した。プロに転向し、イギリスやドイツにダンス留学。日本でも国内最高峰の大会に出場するなど輝かしい成績を収め、32歳で引退し、地元に戻って後進の指導を始めた。
「現役当時は上を目指すことしか考えていなかった」と言うが、次第に生徒を育てたり面倒を見たりするのが喜びに。松本や長野、諏訪など県内4カ所を飛び回り、指導に忙しかったが、コロナ禍で一変した。レッスンは3カ月中止、生徒も3分の1に減り、持続化給付金を受けて何とかしのいだ。
ぽかんと空いた時間を利用して、日本語教師の資格を取るため勉強。ゆくゆくは外国人にもダンスを教えられたら|との思いがあった。その教室に通う外国人らが孤立したり悩んだりしている現状を見て、「何か自分が力になれないか」とも考えた。
安心安全を徹底し、生徒20人で再出発したダンス教室。「社交ダンスには人と人とのつながりや心の一体感、非日常感などさまざまな魅力がある」と水野さん。
「コロナが落ち着いたら地元塩尻でサークルをつくりたい。不登校や引きこもりなど、人との交流に悩む若者や言葉の通じない外国人の子どもなどにもダンスを通して心が満たされる体験を提供し、地元にも貢献できたらいい」。夢に向け、新たな一歩を踏みだそうとしている。