松本の写真師が残した風景 高美書展の出版資料に明治期の写真

松本市中央2の高美書店の出版資料の中から明治時代の風景写真6枚が見つかり、その台紙から、当時松本で写真館を営んでいた2人の写真師が撮影したものと分かった。北アルプスを撮影したものも含まれ、近代登山の黎明(れいめい)期に山岳を撮影したり、地元の版元の依頼で口絵の撮影を担ったりするなど、当時の松本の写真師の姿が浮かび上がった。

山岳書や旅行案内書に使用

見つかったうちの3枚は、同店が1906(明治39)年に刊行した「槍が嶽乃美観」の口絵写真。東筑摩郡・松本市・塩尻市誌に1880(明治13)年に上土で開業したとある「杉浦写真館」の台紙が付き、「写真師杉浦平一」の名前が印刷されている。
同書は、旧豊科尋常小学校長の丸山注連(しめ)三郎(1872~1946年)らが書いた、槍ケ岳登山の記録。全6枚の口絵に撮影者の名前はないが、丸山らの「登山日記」によると1903(明治36)年8月20日、槍ケ岳に向かう山中で、写真機を持った米国人5人のグループと出会い、名刺を渡して記念写真を撮り、後日写真をもらう約束をした|とある。
6枚のうち2枚は、この時に米国人が撮影したものと見られ、上高地ルミエスタホテル(旧清水屋ホテル)も同じ写真を保管していることが、1989年に発行された山岳雑誌で紹介されている。今回見つかった3枚は、同ホテルが保管する写真とは別のものという。
北アルプスを世界に紹介した英国人ウォルター・ウェストンの著書「日本アルプス登攀(とうはん)日記」には、「杉浦が『山の写真を撮りましょうか』と打診してきた」というくだりがあり、杉浦が山岳写真の撮影に関心を持っていたことがうかがえる。

ほかの3枚は、同店が1902(明治35)年に刊行した「篠の井線鉄道旅行案内」の口絵に使われた写真。同書に撮影者の記載はないが、今回見つかった写真に「保里写真館」の台紙が付いていた。
保里写真館は1879(明治12)年に出居番町で開業した、松本で最も古い写真館の一つ。後に四柱神社の東に移転したとされる。館主の保里高政が撮影した山の写真は、北アルプスを世界に紹介した英国人ウォルター・ウェストンの著書「日本アルプスの登山と探検」(1896年刊)に4枚が掲載された。

東京に負けない気概感じられる

高美書店は、江戸時代から出版を手掛けていた。今回見つかった写真について、松本市立博物館の木下守館長(59)は「地元に出版業があることで、写真師も仕事を得ていたことが分かる。出版も写真の撮影・プリントも、すべてが可能な松本は、ただの地方都市ではなかった。出版や写真にとどまらず、『東京に負けない』気概を持った人が大勢いたのでは」と話している。