厳寒の大正池で出合った不思議な造形(北アルプス・上高地)

大正池に現れた霧氷の造形。黒ずんだ幹に細い目、三角の口、その下の左右に伸びた「手」がユーモラスだ
=ニコンD5、ニコンEDニッコールAF-S80~400ミリ

池の中にたたずむ黒い「木の精」

氷点下15.1度と冷え込んだ8日朝、凍(い)てついた上高地の大正池で不思議な光景に出合った。
水面から約70センチ突き出た奇妙な木。朽ちて黒ずんだ姿が妙に気になった。何か強烈なパワーを放っているように感じたからだ。黒い木にまとわりついた霧氷と霜の造形に目がくぎ付けになった。望遠レンズ付きカメラのファインダー越しに見えたのは「人影」。頭に白く霜を乗せた長い顔、細いつり目、語りかける三角の口、表情ある短い手…。ユーモラスな雰囲気を漂わせ、ぬくもりが伝わる。その「表情」に、「山の版画家」として世界に知られる畦地梅太郎さん(1902~99年)による山男の作品がオーバーラップした。
畦地さんの版画の世界を連想させる造形を飾るように、周囲の氷上にフロストフラワー(霜の花)が咲いた。眺めていると、山男の姿に見える黒い「木の精」が、107年前の出来事を語りだした。
1915(大正4)年に焼岳が噴火。泥流により梓川がせき止められ、大正池ができた。池の中で立ち枯れた木々の景観は上高地の心象風景となり、「国の特別名勝・特別天然記念物」にも指定されている。
枝や幹をもぎ取られながらも、「噴火のモニュメント」として今もなお池の中にたたずむ黒い木。1世紀の時の流れを感じながら見上げると、白無垢(むく)の穂高連峰がまぶしく光った。
(丸山祥司)