筑北村で農林業 桜花木の生産で山と人を元気に

「はなさか」市川満久さん 「師匠」との出会い転機に

「筑北村で桜花木の生産者として暮らしていきます」。そう話すのは、1月に「はなさか」の屋号で農林業を始めた市川満久さん(31、坂北)。規模を縮小した花木農家から引き継ぎ、手入れをしてきた桜が成長。1~3月の出荷シーズンに合わせ、師匠の久保田昌志さん(74、同)から独立した。
主に育てているのは入学式などに飾られる啓翁(けいおう)桜。植樹した600本と、花木農家から引き継いだ300本がある。その中で出荷できるのは花芽を先端までたくさんつけた枝に限られる。
「師匠から『まずは上を見ろ』と指導されました」と市川さん。木を仰ぎ見ては成熟した枝を選別していく。「自分の根源で一番の土台」と言う同村での挑戦が始まった。

山梨育ち-地域おこし協力隊に

市川満久さんは長野市出身で山梨県育ち。筑北村には父親の実家があり、幼いころから祖父と田植えや稲刈りをしたり、山を駆け登ったりして遊んだ。「高齢化などで存続が危ぶまれている桜花木を継続性のある産業にして、筑北村の山と人を元気にしたい」と張り切っている。
桜花木を生産して約30年という久保田昌志さんとの出会いは、地域おこし協力隊として着任した2019年1月。東京農大森林総合科学科を卒業し、着任前まで長和町の木材会社に勤めた。地域おこしに当たっても山の資源「木」を活用したいと考えていた市川さんにとって、久保田さんとの出会いは、「花をつける木」との出合いでもあった。
「木の利用として花木は面白いと思った。でも(出会ったのが)久保田さんじゃなかったら生産者になろうとは思わなかった。経験も知識も豊富で、桜の成長に合わせた世話に手間暇をおしまない、見本にすべき人」と市川さん。久保田さんは「話が通じるし、質問してくる内容で『こりゃ本気だ』って分かって、途中からこっちも本気になった。市川さんは金の卵だ」とうれしそうだ。

覚悟決め投資 設備整えたい

生産者になると決めてからは、出荷がない期間の収入につなげるため、伐採作業に必要な資格を取り、出荷できない枝の利用法や商品化を模索。桜花木用の畑は約9反(8900平方メートル)を借りた。
しかし、出荷できるまでに育てるには5年ほど要するため、畑を広げる必要もあるという。また、刈り取った枝を温めてつぼみを膨らませるビニールハウスや作業場は、久保田さんの施設を借りている状態だ。
「今が正念場。するべき時に投資しなきゃ人生面白くない」と久保田さん。安定した仕事に就くことを考えた時期もあったという市川さんだが、今は迷いがない。「身の丈に合った投資で、まずは薪(まき)ボイラーのビニールハウスを設備したい。そして、もっと山を活用し、かつての里山に戻せたらいい」と目を輝かせた。