故郷への思い届ける応援歌―シンガー・ソングライターのツカダさん

信州と東京音楽通じつなげて

古里を歌で応援したい―。東京を拠点に活動するシンガー・ソングライター、ツカダコージさん(36、松本市梓川倭出身)は、JR大糸線の各駅で歌を歌ったり、長野と東京をつなぐコンサートを開いたり―と、故郷に心を寄せ続けている。
小学校で不登校になり、一時は人を信じられなくなった。中学で始めたバスケットボールに夢中になり、スポーツ推薦で大学進学。プロを目指したが、けがで断念した。夢と絶望が交錯する人生。そんな中で音楽を始めた。20歳の時、初めての路上ライブで手応えを感じ「この道で生きたい」と決意した。
コロナ禍であまり活動できなかったが、30日に東京でライブ「信濃発あずさ」を開く。7月には松本でコンサートを予定。「東京ドーム単独公演が夢」と前を向き歩き続ける。

バスケ選手の夢絶たれ失意の中

「ここが僕の故郷なんだって事」「もう少しだけ甘えていたい人や街が歳を重ねて変わっても聞こえて来る『また帰っておいで』と」-。あちこちに松本がちりばめられたツカダコージさんの曲「ぞざえる」(方言で「甘える)の歌詞だ。
梓川高校からバスケットボールのスポーツ推薦で、愛知学泉大学(岡崎市)に進んだが、けがで選手生命を絶たれた。「全てを失った。心にぽっかり穴があき、引きこもり自暴自棄になった」と振り返る。
ツカダさんを救ったのは、中学時代に出合った音楽だ。「部活がうまくいかない時、音楽で癒やされた。言えない思いを歌で伝えられるのでは」。エレキギターを手に、豊田市の駅前に立った。
ツカダさんの歌声に3人が足を止めた。自信になり、音楽で生きることを決めた。口コミでファンが増え、3カ月後には、30~40人が集まるようになった。「音楽を通して人とつながれる」。心の穴は埋まっていった。松本へ戻る際に開いたお別れライブには、50人が集まった。
松本では、中学高校の先輩、奥原翼さんと「ビレッジ」を結成。松本駅前で路上ライブを始めた。ゼロからのスタート。アルバイトで食いつなぎながらの生活だったが、チャレンジ精神は忘れたくなかった。

自身救った音楽この道にかけて

ストリートミュージシャンを紹介するテレビ番組に取り上げられるなどして、知名度は少しずつ高まった。24~25歳でプロを目指し上京。だが注目する人はなく、「てんぐになっていた鼻をへし折られました」と笑う。
さいたま市で路上ライブを再開。「寝る時間はほとんどなかった」というが、「いつか笑える日が来る」と夢を追い続けた。2013年にはまつもと市民芸術館でライブを開いたが、同年9月、ビレッジは解散。ソロとして活動を始めた。
芸能事務所などの合同オーディションで1500人の中から最終6組に残り、審査員特別賞をもらったり、楽器店のイベントで準グランプリを獲得したり。ある事務所から「タレントとして売り出したい」と打診を受けたが、あくまでも音楽にこだわった。
状況がさまざまに変わっても、変わらなかったことがある。「地元への思い」だ。みそパンを配り、信州にちなんだ歌を歌うライブ企画「信濃発あずさ」を13年、東京と長野で始めた。コロナ禍で中断したが、今月30日に再スタートする。
県内を電車で巡り、各駅で歌を歌い、動画投稿サイトYouTubeにアップする活動も、コロナが収まれば再開する予定だ。昨年10月、事務所を設立し、今年2、3月、県の農福連携の活動をPRするCMソングも担当した。
「松本は心の中の大切な場所。音楽は生きるための必需品」とツカダさん。これからも東京と大好きな信州をつなげる活動を、音楽を通して続けていく。