上高地の魅力と「原点」 明神館の梨子田さん 写真集で紹介

明神岳の元の名は「穂高岳」─。北アルプス上高地(松本市安曇)で旅館・山小屋「明神館」を経営する梨子田満さん(68)が昨年、写真集『上高地・穂高嶽』を出版した。上高地の「原点」と位置付ける明神を中心とした歴史も紹介。コロナ禍で山岳観光が厳しい状況に置かれる中、「上高地の魅力を伝えたい」としている。
明神は河童橋から梓川沿いを上流へ歩いて約1時間。徳本(とくごう)峠からの道とのT字路に当たるが、登山者にとっては通過点になりがち。梨子田さんが明神岳(2931メートル)の歴史をひもとき写真集にまとめるきっかけは、明神岳を見上げていた登山者(らしい人)が「あの山は明神岳で穂高ではない」と話していたことだという。
梨子田さんによると、上高地は古くは木材の重要な産地。江戸時代、松本藩の領地になってから、梓川を利用して木材を松本の町に流した。明治初期には徳郷(現明神)を中心に牧場が始まっていた。
明神岳は大正2(1913)年に陸軍測量部が発表した地図では穂高岳だったが、昭和の初め、穂高明神のための山として明神岳に変わった。そのころは徳郷、徳本峠、徳沢の小屋があり、似た名前で紛らわしい面があった。昭和8(1933)年に徳郷の小屋を建て替え「明神館」として開業。登山者らが、その辺りを明神と呼ぶようになった─とする。
こうした歴史を写真集の巻末で10ページにわたり記した。写真は梨子田さんが30代から撮影してきた、そそり立つ明神岳やよく知られるニリンソウの群落、朝もやの明神池など80点近くを収録した。
コロナ下で3シーズン目の幕開けとなった山岳観光。梨子田さんは「上高地と北アルプスは重要な地点。壊されつつある古来の自然や、忘れられがちな歴史に光を当てたい」と話す。
写真集は1冊5000円(送料込み)。問い合わせは明神館(TE0263・L95・2036)へ。