【ビジネスの明日】#36 九州興業社長 田上喜啓さん

60年の節目御柱運搬の大仕事

「これまで、いろんな物を運んできたが、拍手を浴びたのは初めてでした」。こう語るのは、クレーン建設工事などの九州興業(松本市筑摩)2代目、田上喜啓さん(63)だ。創業60周年の節目に、諏訪大社御柱祭の下社山出しで「御柱」を運搬。重責を果たし「無事に運び終えてよかった」と胸をなで下ろしている。
御柱の運搬という「これまでにない大仕事」の話が諏訪大社下社の氏子を通じて、田上さんの元に来たのが昨年の10月。「光栄な仕事」と感謝しつつ、最初は「(運搬は)簡単」と気楽に考えていた。
しかし、今年になってルートを下見に行くと、その道幅の狭さや曲がりの大きさに、「大丈夫か」という大きな不安が、一気に押し寄せた。
以降、御柱を運ぶということは、周囲の近しい人たちにも伏せたといい、「失敗は許されないというプレッシャーの大きさは、想像をはるかに超えていた」と振り返る。
4月8、9日。最大で19メートル、7トンある御柱合計8本を無事、トレーラーで運び終えた。
「(人力でなく)トレーラーで運んでいるのに、沿道から声援をくれた。諏訪地方の人たちの御柱祭に懸ける思いが伝わってきた」と感慨に浸る。

熊本県出身の父・寿次さん(故人)は自衛隊員として松本駐屯地に配属された。退官後の1962年、「中古のトラック1台」で九州興業を創業した。
創業からしばらくして、業務車両を複数台所有するようになったあるとき、ダンプで上高地へ向かった寿次さん。途中、脱輪した。「現金を持ってきたら、クレーンでつり上げてやる」。そう言われた寿次さんは「クレーンはもうかる」と思い、当時は県内ではほとんどなかったクレーン車を使った事業に乗り出した。
現在、クレーン車19台、トラック36台を所有。業界内では「特殊なものを運んだり、つったりするのは九州さん」という評判が定着するとともに、ほとんどの車両ナンバーが「7770」で統一されていることも話題に。何かの験担ぎかと思いきや、「電話番号に合わせただけ」。
今後、若手の人材をどう確保するかが一番の課題。「昔は『俺もあんなクレーンを操縦してみたい』という憧れもあったが、今は違う」と現実を直視しながら、「御柱という究極のものを運んだことで、少しでもこの仕事に興味を持つ若者が出てきてくれれば」と期待する。

【プロフィル】
たのうえ・よしひろ1959年、松本市出身。新潟県の自動車整備関連の短大卒業後、九州興業入社。2006年、社長就任。同市筑摩在住。