「千手のイチョウ」を看板に 地域のシンボル形変え残す

松本市入山辺地区の千手(せんぞ)にある「千手のイチョウ」。県の天然記念物に指定され、乳の出ない女性が祈願をする乳房イチョウとしても知られていた。1本の木が2本に分かれて大木になったが、片方は枯れ、30年以上前に伐採。残った幹も2017年伐採された。
長年、地域のシンボルであり、民間信仰の対象として大切にされてきたが、伐採後、太い幹が野ざらしになっていた。地元住民が「このまま朽ちていくのは忍びない。何かの形で残したい」と模索。イチョウや隣の観(かん)音堂(のんどう)が分かりにくい場所にあることから、訪れる人のため案内板などを作ることにした。
山から運び出したり、乾燥させたり。コロナ禍で作業が遅れたが、ようやく完成し、5日に設置される。今後は形を変え、昔通り地元を見守る。

霊場巡りの道しるべに

松本市入山辺千手にある加納和夫さん(76)の車庫に「千手のお観音様銀杏(いちょう)洞水(とうすい)寺跡地」と書かれた案内板がある。厚さは4~8センチ、縦50センチ、横は150~200センチほど。他に「薬師堂」「千手公民館」などと書かれた看板もある。2017年に伐採された「千手のイチョウ」が生まれ変わった。
加納さんは「樹勢が弱っていると思っていたが、切られているのを見て驚いた」と話す。丸太がしばらく、近くに野積みされているだけの状況に心が痛んだ。「このままでは腐ってしまう。地域のシンボルで、宝でもある千手の観音様のイチョウだけに、それは切ない」と、形を変えて残す道を模索し始めた。
かつてあった洞水寺は、信州筑摩三十三カ所観音霊場の第四番。加納さんは「(本堂がなくなり)観音堂だけが残ったのではないか」とみており、現在も霊場巡りをする人が訪ねてくるという。道しるべがないため、途中にある薬師堂と勘違いする人もおり、案内板の必要性を以前から感じていた。伐採木を使うことにした。
丸太のままでは里まで引き出せないため、チェーンソーで厚さ12~15センチの板状にして運び出した。木が反ってはいけないと、千手公民館の裏に置き、1年ほどかけて乾燥させた。準備万端、作業に取りかかろうという時、新型コロナウイルス感染が拡大。3年ほど待って、今年3月、ようやく看板作りができた。
チェーンソーの刃の跡が残る表面を電気かんなで整え、パソコンで出力した漢字を拡大して貼り、1字1字のみで彫った。イチョウの葉の模様も入れた。なくなっていた薬師堂の看板も作り、全部で6枚を完成させた。どれも見事な1枚板で、重いもので30キロほどあるという。
5日には、地域の入り口など3カ所に新しい案内板を建てる計画だ。加納さんは「以前から案内板の設置は考えていたが、これでようやく実現する。その上、地元由来のイチョウの木を使うことができ、本当にうれしい」と顔をほころばす。
「千手のイチョウ」の太い幹はなくなったが、世代交代で若い幹が2本、元気に育っている。地域の人の思いを受け、大きく大きく成長してほしい。

【千手のイチョウ】1本の木が地上1メートルほどで2本に分かれ大木になった。2017年、切られた幹は高さ30メートル、太さ2.5メートルで、それ以前に切られた幹の太さも同じくらいという。近くに千手観音のお堂があり、信仰があったため「千手の公孫樹(いちょう)」と呼ばれた。
枝の途中から乳房のように気根(幹から出て空気中に露出している根)を垂らしていることから、乳の出ない女性が乳の出る祈願をする「乳房のいちょう」としても有名。太い幹は切られたが、樹勢のある若い幹2本が順調に育っている。