名称に千がつく地名・景勝地

千曲市、千畳敷カール、千葉県、千代田区(東京)、千歳市(北海道)…。1000号にちなみ「千」が付く名称を探してみると、全国各地にいろいろありました。中信地区でも日本海と松本平を結ぶ交易の道として栄えた「旧千国街道」はよく知られています。そんなあまたの地名や景勝地から松本、塩尻、大町市、大桑村の4カ所を紹介します。

千鹿頭山森林公園(松本市)
伝統行事大切にして

松本市の神田地区と里山辺の林地区にまたがる千鹿頭(ちかとう)山(657メートル)、千鹿頭神社、千鹿頭池など一帯を含む「千鹿頭山森林公園」。春の桜や池の周りの散歩コース、北アルプスを望む展望台からの眺望などを楽しみに、地区外からも多くの人が訪れる。
同神社の創建や名前の由来は明らかでないが、「千鹿頭大神」を祭り諏訪信仰と深いつながりがあるといわれている。
千鹿頭山には本殿が二つあり、共に市重要文化財。鳥居、参道、拝殿、社務所も仲良く二つずつある。その理由は、江戸初期に山の尾根を境に松本藩領が諏訪の高島藩領に分割されたため、二分する形になったと伝わる。
諏訪の御柱祭から1年遅れで行われる7年目に1度の伝統行事、御柱大祭は来年5月で、4月にはその御柱用材の切り倒しが行われた。
「千鹿頭神社は長年、地域を見守ってくれている。これからも伝統行事を大切にしていってほしい」と神田地区の元町会長の草間秀俊さん(90)。
同地区の「木遣(や)り長持ち保存会」会長の高根俊宏さん(51、神田)は、「子どもの頃から遊んだ千鹿頭は、いろいろな行事を通して結束感が高まる大切な存在です」という。
千鹿頭池入り口の駐車場にある花壇の花植えや遊歩道の整備などは、住民有志でつくる「千鹿頭の緑と環境を守る会」が担っている。

五千石街道(塩尻市-松本市)
年貢を運ぶ主要道路

旧中山道・塩尻宿(塩尻町)から長畝、南熊井を通って松本市寿北の竹渕で村井方面から来る旧善光寺街道(北国西街道)と合流する「五千石街道」。塩尻市が発行する「しおじり学びの道」によると、名前の由来はこうだ。
江戸時代、大坂夏の陣後の領地替えで松本藩から1万石が浮き、それを高島藩と伊那の高遠藩に5千石ずつ分け与えた。塩尻市北東部から松本市南東部に広がる東山山麓の一部地域は「東五千石」と呼ばれ、そこを治める高島藩主が自ら領内を視察する「巡見」を行っていた。その際に通った道が「五千石街道」と呼ばれるようになった。
北熊井(塩尻市片丘)で「熊井の歴史を語る会」を開く古谷孝雄さん(87)と武井深さん(85)によると、かつて五千石街道は年貢を運ぶ主要道路で、旅人や商人が休む茶屋も並びにぎわったという。
ボタンの花で知られる常光寺(片丘)は、高島藩主が巡見の際に何度か宿泊したと伝わる。2人の案内で訪ねると、高島城解体の際に譲り受けたとされる山門がそのままの形で残り、諏訪とのゆかりを今も見ることができる。「この門は当時の人が苦労して諏訪から運び、明治の常光寺火災でも焼けずに残った」と古谷さん。
街道にはあじさい寺と呼ばれる弘長寺や旧家など見どころも多い。藩主の気分でぶらりと歩いてみるのも面白そうだ。

千見山城跡(大町市)
戦乱幾多の境目の城

小川村との境に位置する大町市美麻の千見(せんみ)地区。美麻村誌によると、千見村(1875年に7村が合併して美麻村に)の語源は地形による地名「せみ」で、狭い谷間の意味と考えられる。地区には各時代の史跡が残り、中でも市史跡「千見山城跡」は戦国時代、仁科、武田、上杉、小笠原氏の間で何度も争奪戦があった勢力圏の境目の城だった。
登城路や本郭跡などの整備は、千見自治会が市からの委託で行う。5月中旬、千見神明宮宮司で同自治会の傘木則興会長(64)の作業下見に同行した。
切石トンネル脇の旧道から、「裏巡回路」を登り北西の尾根を目指す。土尻川へ注ぐ沢筋の細い道を歩き、途中、昭和40年代まで人が暮らしたという集落跡も確認できた。尾根道まではつづら折りの道。昨冬の大雪で倒木が多く、崩落箇所もあり注意が必要だ。
尾根道に出て左右を見ると、足がすくむ断崖。標高約830メートルの城域最高所付近では、はしごや鎖が設置された険しい岩壁を登る。山道に不慣れな記者は、やっとの思いで本郭跡に到着した。険しい地形と堀切、土塁などの遺構を体感し、築城や攻城戦の苦労はいかばかりだったろう。戦国の乱世に思いをはせた。
“山頂”近くからは虫倉山や戸隠連峰、飯縄山の眺望が開けた。「城もあったくらいだから、『千を見る』で見晴らしが良いという意味もあったかもしれないね」と傘木さん。「歴史をたどる一つの場所。ロマンも感じる」と語った。

千畳岩(大桑村)
野趣巨大な一枚岩

大桑村野尻の阿寺渓谷。入り口から阿寺川沿いにキャンプ場までの約6キロの道なりに約1・3キロ進むと、右側に現れる巨大な一枚岩が「千畳岩」。岩の近くに立つ看板が目印だ。
野趣あふれる岩肌で、隙間から植物が生えていたりスズメバチの巣がかかっていたり。正確な大きさは不明だが、幅は80メートル以上、高さは20メートル以上ありそうだ。
村観光協会によると“畳千畳”くらいの大きな岩盤のため、こう呼ばれるようになったという。岩の下に立って耳を澄ますと谷川の瀬音が反響し、頭上に渓流がほとばしっているような錯覚を受けることから「瀬音岩」とも言われている。
ガイドグループ「大桑村案内人の会」の上田(かみだ)直子さん(69、殿)によると、例年6月上旬に千畳岩の岩肌に30本ほどのササユリがピンクの花を咲かせる。その貴重さから盗難も多い植物だが、誰も登れないので、ずっと残っているとし、「今年は5月末に1輪咲き始めたので、6月8日あたりが見頃になりそうです」。他にイワツツジも6月前半に咲くという。
千畳岩の近くには「森林鉄道跡」も。エメラルドグリーンの渓谷を眺めながら上流に向かうといくつものビュースポットがあり、木曽五木も見られる。
以前は秘境だったが、ここ数年は観光客が増え、村は2018年から夏季は一般車の乗り入れを禁止しシャトルバスを運行している。今年は7月16日午前8時~8月31日午後5時が規制期間だ。