松本で「野溝ほうき」プロジェクト始動

幅広い世代で地道な活動を

江戸時代末期から松本市の野溝地区などで、農閑期の副業として作られてきた「野溝ほうき」。水に恵まれず畑作中心の地区だったため、ほうきの材料ホウキモロコシが適し、最盛期には年間6万本のほうきを全国へ売り出した。生活様式の変化と共に需要も作り手も減り、今や作れる人は数人だけ。存続の危機となっている。
柔らかくしなやかで長持ち。座敷ぼうきは畳を傷めず、小ぼうきは使い勝手がいいと、野溝を含む芳川地区では長年の愛用者が多い。技術と伝統を途絶えさせてはいけないとの声が住民から上がり、今年1月、「野溝ほうきプロジェクト」が発足した。
ほうき作りを学びたい人、地域の伝統を大切にしたい人…。それぞれ思いを持った住民や大学生16人の取り組みが始まっている。

製作の全工程を自分たちの手で

作られたばかりの野溝ほうきは緑がかり、イ草のような香りがする。赤や青の麻糸の編み込みが美しい。
「野溝ほうきプロジェクト」立ち上げのきっかけは2021年度、芳川地区が松本市の地域づくりセンター強化モデル地区の指定を受けて発足した、芳川いきいきプロジェクト(地域の課題解決に向けて取り組む有志団体)で、野溝ほうきの存続が課題に挙がったことだ。
事務局・芳川地区地域づくりセンターの呼びかけに有志が集まり、今年1月、ほうき作りの技術を持つ関正幸さん(71、野溝東)、窪田好昭さん(66、野溝西)をリーダーに始動した。
まずはほうき作りの全工程を自分たちの手でやろうと、ホウキモロコシの栽培から取り組むことに。メンバー3人の畑、計約9アールを借り、5、6月に種まきをした。今後、草取り、収穫・脱穀、乾燥、種の収穫などの作業をし、ほうき作りに取りかかる。
「こんなに大勢が興味を持って集まるとは思っていなかった。おやじたちの代は『見て覚えろ』で、誰も教えてくれないまま亡くなっちまったけれど、しっかり教えるでね」と関さん。プロジェクトに期待しつつ、継続の難しさを気にかける。
ホウキモロコシは茎に虫が入りやすい。防虫のため消毒すると全体が赤くなって、使い物にならなくなる。栽培段階で挫折する人も多い。

道具をそろえて子どもたちにも

ほうき作りには専用の作業台や道具も要る。関さんと窪田さんが地元の神社で伐採されたケヤキの丸太を使って作業台や道具を新たに手作り。地域に呼びかけて眠っている道具も募り、計12台を準備した。
過去に「ほうき作りを習いたい」と地区外から関さんを訪ねて来る人もいたが、続かなかった。道具がそろえば「作りたい人がいつでも借りて練習できる」。
プロジェクトは地元の子どもたちにも活動の輪を広げる。筑摩野中学校は、科学技術部の生徒が草取りから全工程に参加する予定だ。芳川小学校では20年ほど前から、4年生がホウキモロコシの栽培からほうきの製作までを体験している。小学校で教える窪田さんは「学校が関わり毎年活動することは大きい。経験した子が、1人でも2人でも野溝ほうきに関わってくれたら」と願う。
プロジェクトを知り参加を希望する人も、徐々に増えている。「1人で栽培からやるのは大変で続かない。でもこれだけ大勢いれば」と関さん。窪田さんは「昔の人がずっとつないできた伝統であり、芳川地区の誇りでもある。幅広い年齢層が関わって地道に後世につなげていけたら」と先を見据える。