亡き夫の絵に誘われ-安曇野移住しギャラリーカフェ

「夫の絵が私をここへ連れてきたのかもしれません」。昨年6月に愛知県江南市から安曇野市穂高に移住した安井恭子(たかこ)さん(62)はそう言って、オープン間近の店の奥に目をやった。そこには夫の弘年さん(享年39)が21歳の時に制作した油彩画が飾られている。
作品に描かれた道祖神が気になっていた安井さん。8年前、遺品の中に弘年さんが撮った写真と安曇野市の観光案内図を見つけ同市を訪れた。自転車を借りて写真を頼りに弘年さんの足跡をたどり、道祖神を発見。疲れ果てて休もうと立ち寄った店が、後に移住を決めた安井さんの住まい兼店舗となった。
3人の子を育て上げ、江南市で15年間営んだ「珈琲&ギャラリー予約席」を閉め、安曇野市穂高で今夏「もうひとつの予約席」を始める。

試練乗り越え自然体で生きる

安井恭子さんは江南市出身。看護師として勤めていた名古屋市の病院で、同い年だったケースワーカーの弘年さんと出会い25歳で結婚。4年後に家を建て、交通事故で弘年さんを亡くしたのはその10年後だった。
当時、長女は小学5年生、次女は1年生、三女は3歳。落ち込む暇はなかった。看護師としてのスキルを上げて3人を育てていこうと決意した矢先、アキレス腱を傷めて入院。再手術もして仕事ができない状態が1年余続いた。
「看護師でなく何か別の仕事を」と気持ちを切り替え、回復してからは「人と接するのが好きだから」と、自宅近くの喫茶店でアルバイトを始めた。「これがとても楽しかった」と安井さん。5年後に45歳で「珈琲&ギャラリー予約席」を開店し、「1人でも入りやすくて居心地のいい店」を目指した。
閉店までの15年間には、絵画展や演奏会、東日本大震災支援の写真展など100回を超えるイベントを開催。多くの人と出会い、時には深い話をし、気の合いそうな人たちをつなげ、安井さん自身もさまざまな人とつながった。

「漠然と60歳が一区切り」と考えていた安井さん。道祖神捜しを機に移住を決めた経緯や「(訪れる人が)幸せを見つける場所をつくりたい」との思いを「安曇野移住計画」としてつづり、知人を対象に開店資金や労働力を募った。
建物は「前衛建築の奇才」とされた建築家の故・毛綱毅曠(もづなきこう)さんのデザインで、円筒形の外観や丸窓、庭の巨大な壁が印象的だ。老朽化が進んでいたが「安曇野移住計画」に賛同した知人らが資金援助を申し出、SNS(インターネット交流サイト)でつながった地域の人がペンキ塗りや庭木の伐採などを手伝い、改修業者も入ってギャラリーと図書室を併設したカフェ「もうひとつの予約席」が完成した。
7月1日はプレオープンで、この日はキッチンカーが出店するほか、オリジナルブレンド「WISHくんコーヒー」を贈る。7月末まで土日のみ営業で、三女の梨紗さん(27、愛知県)の絵本原画展を開催。8月6日の本格オープンから9月2日までは三枝三七子さんの絵本原画展を予定している。
安井さんは「試練はいつかプラスになる。これからもあらがわず自然に生きていきたい」と話した。
午前10時~午後6時。不定休。