ニジェールから日本へ 一緒に暮らすため奮闘する眞妃さん夫婦

アフリカのニジェール共和国を知っていますか-。アダブレイマ眞紀さん(47、松本市岡田松岡)は、ニジェール人のアダブレイマアブドゥルムムニさん(48)と2016年に結婚、日本とニジェールで離れて暮らす。
眞紀さんが08年、青年海外協力隊で同国に赴任して知り合った。同国の政情不安、公務員であるアブドゥルムムニさんの出国問題、新型コロナウイルス感染拡大-と、2人の力では解決できない問題が次々降りかかった。
眞紀さんはニジェールの布製の品を販売したり、リラクセーションセラピストの資格を取って独立したり。アブドゥルムムニさんもニジェールで、日本暮らしを目標に努力している。眞紀さんは「出国問題は解決した。今年中には日本に来られるよう頑張りたい」と明るい表情を浮かべる。

アダブレイマ眞紀さんは、石田恵美さん(安曇野市明科)ら3人の作家に依頼し、ニジェールの布を使ったバッグやポーチ、洋服、厚紙を使ったカルトナージュで箱などを制作。6月から、あづみ野バザール若松屋で販売するようになった。しっかりとした綿100%の布で、カラフルで、柄が大きい-と独創的。異国情緒を感じる作品ばかりだ。
眞紀さんは、手話の技術と介護福祉士の資格を生かし、JICA青年海外協力隊として2008年、アフリカのニジェール共和国のろう学校に赴任した。そこで教員として働いていたのが、アダブレイマアブドゥルムムニさんだ。大学進学でろう学校を辞めることが決まっていたが、眞紀さんがフランス語の家庭教師を頼んだことで、赤い糸がつながった。
10年で協力隊の任期が終わり帰国した。再びニジェールで暮らす準備をしていたが、首都ニアメーで白人が拉致殺害され政情が悪化。その時の協力隊員は緊急待避になり同国を離れ、なかなか渡航できない状況になった。でも2人は諦めなかった。眞紀さんは、フランス語のスキルアップを目指しフランスへ留学。その後、短期ボランティアとしてセネガルへ。同国で暮らすことも考えたが、2人とも外国人というハードルは高かった。
ニジェールの情勢はなかなか安定しない。それならと、日本で暮らすことも考え、アブドゥルムムニさんに一度日本に来てもらうことにし、2016年、松本市役所に婚姻届を提出。配偶者ビザで日本で暮らし始めたが、アブドゥルムムニさんの父が危篤になり帰国。今度は出国問題の壁が立ちはだかった。「教員(公務員)は一生を国にささげるという誓いを立てる。海外で暮らすには、5年間無給で働くか、相応のお金を納めなくてはいけなかった」と眞紀さん。目の前が真っ暗になった。
アブドゥルムムニさんは無給で働き、眞紀さんは日本でお金を稼ぎ送る日が続いた。「ハニートラップ、詐欺では」と疑われ、銀行から送金できなくなったこともある。「窓口で泣き崩れた」
資金のめどが立った頃、今度は新型コロナウイルスにより、日本へ行くためのビザの取得が難しくなった。日本で暮らすためにと、ニジェールの布で作った作品も、イベントの相次ぐ中止でお披露目ができなくなった。「これだけシャッターが降りるのはどういう意味?」とくじけそうになったこともある。だが眞紀さんは「愛の力で、なんとか乗り切った」とほほ笑む。
5月には山梨県のギャラリーカフェで「ニジェール展」を開催。6月からは、あづみ野バザール若松屋に常設する。アブドゥルムムニさんは今年中に日本へ来られるよう準備を始める。
これからの夢は-。「国や宗教、言葉を超え、健常者障がい者の区別なくいろいろな人が集えるギャラリーカフェをつくりたい」と眞紀さん。出会って14年。別々の場所で、さまざまな困難と闘ってきた2人は、ようやく一緒に物語を紡ぎ出す。