塩尻に鉄砲鍛冶が? 漆の2本線は松本城の火縄銃の証し

「信州松本藩鉄砲隊」の“隊将”で、火縄銃愛好家の濱宗明さん(73、松本市島内)が昨秋、1丁の火縄銃を入手した。筒先には「松本城にあった銃の証し」と濱さんがいう、漆の朱色の2本線が入っている。2本線の入った銃の所有は12丁目だが、今回の銃はこれまでとは違う“特別な”ものという。
その理由は、銃身に記された「安政元寅十二月」「信濃国洗馬住丸山源介義治」という銘文の存在。これは銃の製作年と作者を指し、幕末動乱期の1854年に、洗馬に住む丸山源介義治が作ったことを示している。
特に、濱さんが驚いたのは「洗馬」という部分。これが、今の塩尻市洗馬や同市宗賀洗馬を指すのか、現段階では不明だが、「塩尻に鉄砲鍛冶がいたとは知らなかった。何か知っている人がいたら教えてほしい」と情報提供を呼びかける。
昨秋、東京の骨董(こっとう)店でこの火縄銃を見つけると、すぐに購入を決めた。「火縄銃収集を始めて40年以上だが、漆の2本線が入った銃は、めったにお目にかかれない」
入手した銃は全長123センチ、口径1・8センチ、重さ約5キロの「士(さむらい)筒(づつ)」で、強い威力を持つ。保管が行き届き、どこも壊れていない状態で、「試射した時、地を這(は)うようなすごい音がした」という。
火ぶた近くの銃身上部に「大」の文字の銀象嵌(ぞうがん)があるほかは目立った装飾はないが、銃身と火ぶたの裏の合計2カ所に「九」の文字が彫られている。「おそらく識別番号。丸山作の銃が少なくとも9本はあるということ」と濱さん。市内にもう1本、丸山作の銃があることは把握しており、「ほかの銃もどこかに眠っているのでは」と期待する。
信州松本藩鉄砲隊のイベントでの射撃実演も考えており、「この火縄銃を松本に里帰りさせることができてうれしい。地元の人にこの銃の価値を伝えたい」と声を弾ませた。