【信大講座 新聞をつくろう2022】 信州の伝統 昆虫食は世界を救う?

キャファールさとうさん(左)・塚原保治さん

周囲に海がなく、山に囲まれた信州では古くから各地で昆虫を食べ、その習慣は今も残っている。県外出身だったり、世代が若かったりする私たちは口にしたことがなかったが、昆虫食は世界的な食料問題を解決する手段としても、注目されているらしい。専門店や専門家に歴史や現状を尋ね、その将来性を考えた。

環境変化で昆虫減少 コオロギの可能性注目

「塚原信州珍味」塚原さん

全国でも珍しい国産昆虫食の販売店として知られる「塚原信州珍味」(伊那市)。前社長の塚原保治さん(78)は、近年の自然環境の悪化などでかつてのように大量の昆虫が捕れなくなり、「(昆虫食の)文化が危機にひんしている」と焦りをあらわにする。
創業74年の同店は、以前は山菜や川魚などを主に販売してきたが、環境の変化で採取できる動植物が減少。現在はイナゴや蚕のさなぎ、蜂の子などのつくだ煮が主力商品だ。
県内の昆虫食の人気は根強く、同店では数にして1日に約100万匹が売れる。数年前までは生きた昆虫も販売し、早朝から行列ができたことも。県内の農協でも袋詰めされた昆虫が売られ、毎年数トンが市場に出回るという。
現在、昆虫食は世界的な関心を集め、同店にはフランスやドイツから大学教授が視察に来る。しかし、信州をはじめ、同様に食べてきた秋田や福島、新潟などの各県でも昆虫が減り、タイなどから輸入する業者も増えている。
塚原さんが、新たに商品化の可能性を見いだしているのがコオロギだ。栄養価が高い上、飼育が簡単という利点があり、新興のIT企業を含め、さまざまな業界から注目されている。
若手の愛好者が開発した「コオロギラーメン」を支援するなど、「守りではなく、攻めの姿勢が大事」と塚原さん。昆虫食のこれからを託すため、若い世代を育てる意気込みも口にした。

規模とコストが課題 日常食として普及を

キャファールさとうさん

NPO・昆虫エネルギー研究所(大阪府)代表のキャファールさとう(本名・佐藤裕一)さん(47)は、海外で昆虫食と出合い、その可能性を感じて2008年からイベント開催やSNSなどを通じて普及活動をしている。「夏の大昆虫食まつり」(2日、松本市の信毎メディアガーデン)に出演したさとうさんに、普及への課題などを聞いた。

14年前に偶然聞いたラジオで「昆虫食」という言葉を知った。私は東南アジアを旅行中に抵抗なく食べていたため、日本国内との認識のギャップに驚いたが、流行の気配を直感して普及活動を始めた。
当初は仲間にも懐疑的な見方をされたが、国連食糧農業機関(FAO)の「昆虫食は食料問題の有効な解決策」という発表(13年)が世界的な話題となり、日本でもメディアに取り上げられる機会が増えた。
長野や岐阜県などで昆虫食が盛んになった理由の一つは、近くに海がないこと。しかし、「昆虫は魚の代わりの栄養源」という見方には、虫を食べない地域の「上から目線」を感じる。
海がある(虫を食べない)地域では、虫はそれを食べる地域の人々の主食やごちそうだと思い込み、見下す傾向が強い。しかし、昆虫食の文化が根付いた地域では、実は漬物やみそ汁的なものであり、「おいしい」とされて日々の食卓に上ったのが真実ではないか。
現在の課題は、虫の生産規模の拡大と、機械化による低コスト化。魚とは逆で、昆虫は天然ものより養殖ものの方が好まれる。白米と一緒に食べることへの根強い抵抗感も、日本での普及を妨げる原因の一つだ。
今は昆虫食に関する情報量が増え、若者をはじめ人々が触れる機会も多くなった。加えてコロナ禍や戦争を契機に、その注目度は増している。食べたことがあるという「体験」で終わらせず、「日常」の食事に組み込むことが目標だ。

若者世代に普及への期待

信州で昆虫食が盛んになったのは「海が近くにないため」という見方は、専門家に共通している。しかし、昆虫は魚の代わりというわけではなく、内陸の地域で身近に採取できる食材だった。この認識を広めることは、昆虫食普及への重要な課題だろう。
環境の変化などで昆虫食文化が衰退することへの危機感もある。文化が根付いている地域で、長く携わってきた人たちは、そのような現象が起きていることを身をもって感じているのかもしれない。
環境問題に強い興味や関心を抱く今の若者世代。そんな自分たちが率先して昆虫食を発信することで、文化が廃れつつある地域でも、再興を図ることができるだろう。
「若い人たちが目を向けてくれれば」(塚原さん)、「(昆虫食は)若者が燃え上がりやすいのでは」(さとうさん)と、関係者の期待も感じた。

取材を終えて

斎藤欣洋(農学部)  私は川崎市育ちの都会っ子で、昆虫を食べるどころか、虫が身近にいない環境で育ったため、信州の昆虫食文化に最初はかなりの抵抗を感じた。しかし、取材を通して興味が湧き、今は信州の昆虫食文化にLOVEである。
小川悠翔(人文学部)  これまで昆虫食という文化が身の回りになく、取材前は正直、抵抗を感じた。しかし、取材するにつれてそのメリットや文化的な背景が分かり、興味が生まれた。食べてみて、見た目に抵抗はあったが味は悪くなく、いい経験だった。
村松瑠(人文学部)  対面で取材をする際、失礼のないようにしたり、聞き逃さないようにしたりと心がけることが多過ぎ、グループ取材にもかかわらずとても緊張した。相手の言いたいことを取り違えないように記事にすることを考え、やることができた。
高※木駿(工学部)  取材のテーマを選ぶ際に、コンタクトのしやすさや取材先へのアクセスのしやすさなども考え、取材テーマを決めるべきだと感じた。取材時は主に写真撮影を担当し、新聞に載るということでとても緊張した。

※はしご高