【2022信大講座新聞をつくろう】 海なし県に魚のオリジナル商品? 信州の魚食文化

スーパーのデリシアで「長愛真鯛(ちょうあいまだい)」なる刺し身のパッケージを見かけた。海なし県の長野で、なぜ魚のオリジナル商品?県外出身者の4人と長野市出身の1人でメンバーを組み、取材を始めた。探っていくと、長野県での魚の食べられ方、その歴史的変化が見えてきた。

長愛真鯛とは 品質と量を求め愛媛へ

デリシア 流通手段も工夫

県内で店舗展開するデリシア。その鮮魚コーナーに、ほぼ毎日のように長愛真鯛は並ぶ。遠く愛媛県産だという。理由を聞きにデリシア本社(松本市今井)を訪ねた。
店頭に登場したのは2020年。「お祝いの席で食べてもらえる名物商品をつくりたかった」と、デリシアの経営企画課の一之瀬恭平担当課長は話す。当時は、鮮魚担当のバイヤーだった。
品質と量を求めて全国を巡り、愛媛にたどり着いた。養殖タイの生産量が全国トップクラスで、餌や環境にこだわったタイを入手できるのが決め手だった。
おいしさを保つ流通手段も工夫した。愛媛から生きた状態で、まず東京に運ぶ。特別なしめ方で処理し、信州へ。「安定した鮮度で届けられる」と一之瀬さん。「長野県に愛媛から長く愛を」という願いを込めて、長愛真鯛と名付けた。売り上げは好調だという。
特徴は、ぷりぷりとした食感。新鮮そのものといった感じだ。
ただ、この食感が受け入れられたのは、現代だかららしい。同社鮮魚・精肉部の岩倉元幸部長は、鮮魚販売に関わって四半世紀。この間に県民の好みは変化したとみる。
「20~30年前は冷凍技術が未発達で、海鮮の鮮度はどうしても落ちた。刺し身の食感はもっちり、ねっとり。それが当たり前だった当時は、その食感こそがおいしいとされていた」という。
その後、技術の発達で鮮度が良いまま県内に運ばれてくるようになった。すると、好まれる刺し身の味も新鮮さが珍重されるように。「おかげで、より鮮度にこだわった長愛真鯛が広く受け入れられることになったのではないか。ただ、今でも年配の方にはねっとりした刺し身が好きという人もいる」
海から運ぶ技術の発達が、信州の魚食文化に急速な変化をもたらしている。

信州魚食の歴史 流通ルートが地域差に

信州大 小山茂喜教授

冷凍技術の発達は、近代になってからだ。その以前の魚食はどうだったのだろう。
そもそも信州では、「普段は川でとれる魚を食べていた」と指摘するのは、地域文化に詳しい信州大の小山茂喜教授(教育学)だ。海の魚を食べるのは、特別な日であるハレの日だったという。
ただタイやマグロは食べられなかった。祝いの席に出てくるのはブリやサケ。それも地域によって異なった。広い長野県では、魚の流通ルートがさまざまだったからだ。新年を祝う「年取り魚」に象徴的に表れた。
長野市と上田市など東北信には、千曲川で取れるサケ。千曲川から離れた松本など中信や、飯田など南信には、飛騨(現・岐阜県北部)からブリが入ってきた。
小山教授によると、北信のサケ食は古代からあったという。中信のブリは、江戸時代の記録が残る。
長野県には、海で取れる塩もない。塩の流通ルートが魚と重なっていた場合もあり、中信に至る「鰤(ブリ)街道」は塩の道でもあった。ブリは塩漬けされて運ばれてきた。
そのためか、海産物と塩を組み合わせた独自の食べ物がある。イカを塩につけた塩丸イカだ。穴に塩が詰まったちくわが運ばれてきた時代もある。
状況を変えたのが流通技術だ。「1960年代、日本各地に低温流通ネットワークが急速に発達していった」と小山教授。鮮魚が冷凍車で運ばれるようになった。塩漬けでない海の魚が食卓に届き、マグロやタイが出るようになり、さらに鮮度が上がっていった。
以前から、長野県民は海の魚を入手するのにさまざまな工夫をしてきた。その時々で、海なし県であるからこその魚食文化を味わってきた。

取材を終えて

塩澤奈那子(農学部) 科学技術の進化が信州の魚食文化に与えている影響の大きさに驚いた。同時に、さらに科学技術が発展していくに従って、さまざまな制約がなくなっていくのではないかという期待と、地域特有の文化が失われていくのではないかという不安の両方を感じた。
池田凜(農学部)私は神奈川県で新鮮な魚を食べていたので、正直、長野県の魚は新鮮でなく、おいしくないだろうと見くびっていた。けれど、海なし県であっても魚をおいしく食べる工夫が今も昔も行われていたことを知った。これからは長野県で積極的に魚を食べたい。
北岡小春(教育学部) 今までは魚についてあまり気にすることがなかったが、取材を通して、その歴史や運搬、販売の工夫を学び、買い物をしながら魚について考えるようになった。何げなく売られているものの裏側にはさまざまなことが隠れていることに気づき、もっと調べてみたいと思った。
齋(いつき)真登(人文学部) 長愛真鯛って何だろうという疑問から、海なし県ならではの技術発展に伴う食文化の変遷をたどることができるとは思ってもいなかった。また、今では天然より養殖の方がおいしくなっているというのも衝撃的だった。現場目線でお話が聞けて非常に勉強になった。
詫磨澪(工学部) 長野県の魚の食べられ方について調べていくうちに長野県の歴史や日本各地の魚食についても学ぶことができた。私は、今回初めて年取り魚というものを知ったが、私のように年取り魚を知らない人が出てきたのは、現代ではいつでもどこでも多種多様な魚をおいしく食べられる時代になったからだと感じた。