【2022信大講座新聞をつくろう】 開催3年ぶり 30周年の節目迎える OMFの魅力

松本で8月13日から始まる音楽祭「セイジ・オザワ松本フェスティバル」(OMF)。コロナ禍の影響で開催は3年ぶり、前身のサイトウ・キネン・フェスティバル松本(SKF)が始まって30周年の節目だ。多くの人を引きつけるOMFの魅力は何なのか|。「子どものためのオペラ」に出演する長野市出身のバリトン歌手・近藤圭さん(42)に、フェスや総監督を務める小澤征爾さんへの思いをオンラインで取材。OMF実行委員会事務局の小川敏由さん(48)に、裏方として支える意気込みなどを聞いた。

「小澤征爾さんに憧れ、音楽の道へ進んだ」と語る近藤さん(スクリーンショットで。右上端は筆者=6月30日)

【初出演バリトン歌手・近藤さん】小澤さんに憧れ音楽の道へ

「(自分が)幼稚園の時、小澤征爾さんの指揮を見て『音楽がやりたい』と思ったように、舞台に出ることで、音楽に興味を持ってもらうきっかけを子どもたちに与えることができれば」。6月30日午後9時半すぎ、稽古を終え神奈川県川崎市の自宅へ帰ったバリトン歌手の近藤圭さん。オンラインでの取材に、初めて出演するOMFへの思いを、こう話した。
8月30、31日にまつもと市民芸術館で県内の中学1年生を招待して行う「子どものためのオペラ」の『フィガロの結婚』でフィガロ役を演じる。
国立音楽大を卒業後、同大学院を首席で修了した。小澤征爾音楽塾で『蝶々夫人』のゴロー役や、『カルメン』のダンカイロ役を務めるなど、さまざまな場所で活躍している。劇場で行うオペラ以外の活動にも積極的に参加。ユーチューブなどでオペラを広める活動も行う。
ユーチューブでの発信は2年前から。新型コロナウイルス感染症の流行で劇場が閉まってしまい、オペラができなくなった。その際、「ユーチューブを使って何か伝えられることはないか」という思いで始めた。自身の活動を通して「オペラを見たことがない人にも興味を持ってもらえたらうれしい」。

近藤さんによると、オペラの魅力は登場人物みんなが「一生懸命生きている」ところ。それが人々に感動を与え、心を動かす。「言葉がある」のも魅力の一つだ。人の声を「楽器」としているので、他の楽器と違って言葉で伝えられる。大人数のオーケストラと音楽を作り上げていくところや、演技的な良さもあるため、オペラは「総合芸術」として楽しむことができるという。
今回出演するのは「子どものためのオペラ」だが、子ども向けに作り替えることは一切ないという。大人向けのものと稽古の仕方や作り方は同じだ。「そのままのオペラを行うことで何か感じてもらいたい」との思いがある。感じ方に正解はないが、「同じオペラで年を重ねていくごとに感じ方が変わってくるのも魅力」と話す。

小澤征爾さんの指揮を初めて見たのは幼稚園に通っていた頃。指揮者になりたかったといい、小澤さんに憧れの気持ちを抱いた。小澤さんが指揮した曲のCDなどを購入し勉強していたが、祖母と長野県内で行われた小澤さん指揮の演奏会を見に行った時「バッタリと出会った」。大学院修了後は、小澤征爾音楽塾の募集を見て、演者として参加した。
小澤さんについては「指揮をする時は目が変わる」。その目を見る者は「吸い込まれていく」ように感じるという。いつもはおっちょこちょいで「面白いおじさん」だが、「指揮棒を持つと会場全体の雰囲気をガラッと変える」強さがあると言う。

近藤さんにとって、OMF(前身のSKFを含む)は「特別なもの」。かつては、チケットを取ることが容易ではなかった。今のようにインターネットでの申し込みもなく、電話もつながらなかった。チケットを手に入れるために、チケット売り場の前にテントを張って待つ人もいた。近藤さん自身、「何度もチケットを取ろうと挑戦してきたが一度も取ることができなかった」という。大学1年生の時に初めて、SKFでベルリオーズのオペラを松本城で見た。
毎回、世界から一流の演奏者が集い、多くの人を魅了する「特別な」演奏会。県内で開かれるため「長野県出身者としても特別なもの」。今度は「演者として参加できることがうれしい」と、喜びを率直に表した。

昨年の動画配信や小澤さんのエピソードなどを話す小川さん

【実行委事務局次長・小川さん】「松本の夏にOMF」定着を

松本市役所の大手事務所にあるOMF実行委員会の事務局。主に、OMFを裏方で支えることと、このフェスティバルを通して松本を盛り上げていくという二つの役割を担う。
事務局次長の小川敏由さんは3年ぶりの開催に「ファンの方あってこそのセイジ・オザワ松本フェスティバルだ」と、感謝の言葉を口にした。「大変なことも多いが、松本の夏にはOMFがあることを、しっかり定着させたい」と力を込める。
コロナ禍の影響で2年続けて公演が中止になった。このため、昨年は動画配信の形で音楽を世界に発信した。それにより29カ国、約12万人に音楽を届けることができた、とする。
動画配信には「今年のチケットの売れ行きや、いただいたコメントによりプロモーション効果を感じた」。それまでのファンだけでなく、普段は松本に足を運ぶことができない人も動画配信を見ることができ「新しい客層を得た」とプラス面を強調する。また、松本で生演奏をすることの価値も感じたという。
小川さんは、OMFの柱である小澤征爾さんのエピソードも披露した。小澤さんはOMFが開催される際、毎回松本に家を借りる。10年以上前のこと。そこで、好きな米大リーグのレッドソックスの試合を見ようとしたが、テレビが不具合でつかなかった。困った小澤さんは市の職員に電話をし、「見られるようにしてくれ」と頼むと、市職員が夜中に駆けつけ、テレビを直した。
翌日、小澤さんの松本入りが報道された。新聞やテレビの取材陣が数多くいる中、市長や県内の大きな企業の社長らが出迎えた。しかし、小澤さんは真っ先に、前日テレビを直してくれた市の職員にあいさつをした。周囲も「あっと驚く出来事」だった、と伝わる。
普段はレッドソックスが大好きなおじさんだが「指揮棒を持つと人が変わる」。小川さんも、初めてリハーサルで小澤さんが指揮を執った演奏を聞いた瞬間「鳥肌がたった」と話した。

【メモ】
セイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)前身のサイトウ・キネン・フェスティバル松本(SKF)は1992年、指揮者の小澤征爾さんが恩師である齋藤秀雄氏の名を冠して創立し、毎年夏に松本市で開いてきた音楽祭。2015年に名称変更した。小澤さんを筆頭に、世界中から優れた演奏家が集結。サイトウ・キネン・オーケストラを中心にオペラやコンサートなど数々のプログラムが組まれる。また、「青少年のためのオペラ」など若手の音楽家の育成と、小中学生に生の音楽に触れてもらう教育活動にも力を入れている。

【取材を終えて】
佐藤由依子(人文学部) 私は一人でこの記事を担当した。オンラインでプロの演奏家の方に取材するなど、貴重な経験をさせていただき、とてもうれしい。一人だけでこの記事を書き上げることはできなかった。協力してくださった全ての方に感謝したい。