浅間温泉・玉之湯名物「車坐コンサート」7000回

アットホームなひとときを提供

旅の醍醐味(だいごみ)は何ですか─。そこでしか堪能できない景色や食、温泉はもちろん、土地の人との出会いや触れ合いが一生の思い出になることもある。
松本市浅間温泉1のホテル玉之湯は、ほぼ毎晩、日替わりの出演者が1時間余の生演奏をする「車坐(くるまざ)コンサート」を館内で開いて22年。その回数は7000回に上る。
午後8時半。夕食や入浴を終えた宿泊客が集まってくる会場は、湯上がり処(どころ)でもある古民家風の「ふれあい広場『車坐』」だ。演奏者と程よい距離で椅子に腰かけ、音色に浸るひととき。一緒に口ずさみ、トークに笑い、温かな時間はあっという間に過ぎていく。
宿の名物に定着し、リピーターも多い。人や音楽との一期一会の出会いは、旅の日の思い出に彩りを添えている。

楽しむ一体感目指すは1万回

「いらっしゃい!いろんな歌がありますよ」。リハーサルの音色が漏れ聞こえるコンサート会場の前で、ホテル玉之湯・女将(おかみ)の山﨑圭子さん(64)が宿泊客を呼び込む。50人ほどが入る会場は、館内着姿の夫婦や親子連れらで埋まってきた。
7月22日の出演は、シンガー・ソングライターの中村雅彦さん(71、松本市)、ケーナ奏者の吉良健一朗さん(70、安曇野市)のデュオ「雅&健」。出演歴は長く、心地よいハーモニーでフォークソングや歌謡曲などを披露した。配られた歌詞カードを見て一緒に口ずさむ人も。途中で同ホテル会長の山﨑良弘さん(67)が歌で加わり、車坐コンサート10周年記念で結成された「トリオ・デ・ふるさと」として演奏を続けた。
「今日は、全曲お客さまのリクエストによる演奏です」。8月2日は、1年前から出演するサックス奏者の佐藤宏信さん(56、辰野町)。しっとりとしたジャズナンバーや映画音楽、ポップス、童謡まで演奏した。リクエストは途切れず、予定時間を過ぎ盛り上がった。
出演者は年間30組ほど。ジャンルも毎日異なるが、毎晩の恒例はスタッフも登場し宿のイメージソング「風の誘い」を会場一体で歌う時間。「覚えられなかった方には、居残り練習があります」。冗談も飛び出すアットホームなひとときだ。
昆虫の写真撮影などで県内を頻繁に訪れる鬼頭昭さん(63、神奈川県藤沢市)と長女の彩香(さやか)さん(28)。車椅子を使う彩香さんは、風呂を含めバリアフリー対応の館内で快適に過ごし、コンサートが何よりの旅の楽しみという。昭さんは「これが目当てで連泊もする。演者が豊富で、一緒に歌う一体感もいい」。東京に住む家族と泊まった安曇野市の女性(42)は「リクエストに応えてもらい、小さなおい、めいも楽しそう」と笑顔だった。
演奏した中村さんは「お客さんとの出会いが楽しい」、吉良さんは「旅先でゆったりと気持ちよくなれる演奏を届けたい」。一期一会の世界観が広がる「ちょっといい夜」だ。

「何もないところなんですね」。温泉街が寂しくなり、来館客からこんな声が聞かれるように。女将の山﨑さんはスナックだった場所を改装し、宿泊客が触れ合い楽しめる場をつくることを考えた。楽都・松本の雰囲気も味わってほしいと、地元演奏家らに声をかけ、2000年からコンサートを始めた。
当初は客数が多い日や週末などに開催したが、平日に訪れたリピーターが残念がった。「がっかりさせてしまうなら毎日やろう」。観客が少ない日があることを承知し、急な依頼にも応じてくれる演奏家の存在はありがたい。雨の日も雪の日も、大みそかも元日も、この時間を待っている人がいるからだ。
「土地の人との触れ合いが、旅の一番の記憶に残っている」と、自身の思い出を語る山﨑さん。だからこそ、この時間を大切にしたい─。「目指すは1万回」。日替わりの生演奏が響く宿。忘れられない旅の思い出が、今(こ)宵(よい)も旅人の心に刻まれる。
車坐コンサートは宿泊者以外も入場可(事前申し込みが必要)。玉之湯TEL0263・46・0573