[創商見聞] No.75原  能成 (立田屋)

 「創商見聞 クロスロード」の第75弾は、大町市大町下仲町のスイーツ専門店「立田屋(りゅうだや)」の7代目、オーナーパティシエの原能成さんに、事業継承の経緯からケーキ作りを通して育むふるさと大町への思いを聞いた。

「味の記憶」から選ばれる

【はら・よししげ】33歳、大町市大町出身、山梨学院大学現代ビジネス学部卒。2010年9月代表取締役社長就任。

立田屋

大町市大町下仲町2561-1☎0261-22-0011

―全国区の水泳選手から
 ベビースイミングから始めて水泳は得意でした。小学校から中学校まで連続して、背泳ぎで全国大会のジュニアオリンピックに出場しました。高校は水泳強豪校の山梨学院大学付属高校(甲府市)に進学。インターハイでも好成績を残し、同大学に進み、日本選手権にも出場しています。
 環境が一変したのは2012年です。大学3年、21歳のときに店の経営者だった父が他界しました。
 僕が産まれたころから闘病していたようですが、全く教えてくれませんでした。高校時代には悪化していたようで、帰郷するたびにやせ細っていく父を見て「何か隠しているかも」と思いながら、水泳を続けていました。
 「卒業したら東京に出て働いて―」と何となく都会での生活ビジョンを描いていましたが、父が他界し、事業を続けるか、続けるならば誰が継ぐかなどいろいろ話し合いました。
 結局、学生でしたが、自分が代表取締役に就任し継承しました。
 大学4年のときには水泳をやめて帰郷。生活は一変し、週6日店で仕事をして、残り1日は山梨の大学へ通う生活を1年近く続け卒業しました。
―ケーキ作りの基礎から
 店を継ぐまで、パティシエの勉強をしたことはありません。卒業後、半年ほどしてから、父と縁がある洋菓子協会から栃木県の洋菓子店さんを紹介してもらい、勉強しました。
 専門学校に1年かけて通うような時間の余裕はありません。約4カ月間、朝5時から夜中11時まで、短期集中でみっちり学びました。 
― 重かった継承
 お客さまは、先代の父の印象が強かったようです。店では先代時代からのスタッフも継続してケーキを作っていましたが、売り上げは落ちました。レシピも作り方も原材料も、何も変えていません。多くのお客さまから「味が変わった」と指摘されました。
 正直、奇麗事ではなく、父を恨みました。やっぱり「重かった」です。明治3年創業という老舗の重み、7代目としての継承の重みなどさまざまありました。でも、自分で決めたことだと、思いは心に納め努力と勉強を続けました。
 事業整理の選択はありましたが、「継ぐ」を決断をした中で、いろいろな人を巻き込んで助けてもらった以上、責任を果たさないといけません。
 おかげさまで、数年かかりましたが、先代から受け継いだレシピや材料を変えることなく「おいしくなった」との声をいただき、売り上げも戻ってきました。
 いろいろあった父への思いも、今では「この件は父ならどうするかな」とか「クリスマス時期のやりくりを父から教わりたかったな」など、判断基準や考え方の道筋になっていき、深く感謝しています。


―関西での学び
 コロナ禍前の2018年に、大阪の洋菓子店で学ばせてもらえる機会がありました。店舗はうちと同じくらいの規模ですが、売り上げは年間2億円近いお店で、とても勉強になりました。
 関東と関西の洋菓子文化の違いを学べたことも大きかったです。関西で学べたことの一つで、今季は終了してしまったのですが、桃一つを丸ごと使い、中にカスタードクリームを入れた「桃源郷」という商品も大町ではいち早く提供できました。
 業界的に「従業員1人分の年間生産売り上げは1000万円以上が一つの目安」ということも教わりました。さらなる売り上げアップを目標に従業員と共にやっていきたいです。
―ECサイトに力入れて
 コロナ禍で生活様式が変わり、店売りだけではない営業形態を模索し、ECサイト(電子商取引)に取り組んでいます。
 ふるさと納税のサイトを利用しているのですが、緊急事態宣言後の20年5月ころ、アップルパイやアーモンドクッキーなど焼き菓子関係の売り上げがとても伸びました。
 遠方に住む大町出身者からの問い合わせが多く、「とても懐かしい。もっと他にないの」などとお問い合わせをいただきました。
 大町商工会議所に相談し、小規模事業者持続化補助金「低感染リスク型ビジネス枠」を申請。HPをリニューアルし、ネットショップの「base」などにも参画し、ECサイトでの販売を強化しています。
 商工会議所とは先代が議員をやっていたこともあり、さまざまな市の行事等で関わりがあります。継承で大変な時期もいろいろ相談に乗ってもらい、とてもお世話になっています。
 先代から受け継いだ味と、7代目として新しく提供できたものを融合させ、これからの店の新しいページを描いていきたいです。
―街との共存を考える
 山梨県出身の妻がとても驚いていたことで、大町地域では、年末年始に家族が集まるときに「ケーキ」と「景気」をかけてホールケーキを買ってみんなで食べる習慣があります。
 コロナ禍で家族が帰省しなかったり、会社の年末納会などで大勢集まることが少なく、減少傾向ですが地域特有の文化も絶やさず守っていきたいです。
 令和元年に息子が生まれ親になりました。大町市の少子高齢化・過疎化の波は止められないとはいえ、古くからの習慣や家族が集う時間が少なくなるのは寂しいです。
 だからといって、新天地を求め、住み慣れた大町から離れて商売や子育てをすることは今は考えられません。
 真剣に本当に共存を考えていきたいです。この先こそ根強くやっていき、大町に貢献したいと思っています。
 老舗として今まで長く商売をやってこられたのは、お客さまや地域の方々に助けてもらえたからだと思います。感謝の気持ちを忘れずに、いつでも来ていただける店でありたいです。
 洋菓子店として、家族の節目や思い出にお菓子が色を添える「立田屋」であれたらうれしい限りです。インスタグラムのような写真映えの時代ですが、写真で選考されるのではなく、味の記憶から選考されるケーキを残していきたいです。