池田町二丁目「加藤清正マスク」で一丸

同じ気持ちで伝統つなごう

「こう毎年秋祭りができないんじゃあ、楽しみがなくなってしまう」「お囃子(はやし)を覚えるはずの子どもも、会得しないうちに大きくなっていく」─。池田町中央部の町内会「池田町二丁目」(92軒)で、こんな声が聞こえ始めたのは初夏の頃。
「コロナ禍で祭りができないなら逆手に取り、共通のマスクを作って意識を保とう」と、有志が意見を出した。そこで二丁目の舞台(山車)に飾られている加藤清正の人形をデザインした、マスクを作ることになった。
池田八幡神社例大祭初日の23日は、舞台を蔵から出し、境内に展示する。録音したお囃子を流し、「加藤清正マスク」をした氏子が舞台前に並んで、神職からおはらいを受けるという。「どんな時でも楽しいことを考えよう」という二丁目の心意気が感じられる。

清正像の舞台もコロナ禍で中止

池田町の池田八幡神社は、戦国時代の天正年間(1573~1592年)に石清水八幡宮(京都府)から勧請(かんじょう)されたと伝わる。氏子は八つの関連町内会に分かれていて、各1台の舞台を持っている。舞台上にはそれぞれ人形などが飾られていて、二丁目の舞台には加藤清正像が鎮座している。
舞台は祭りの際、点灯したちょうちんなどで、きらびやかに飾られる。乗り込んだ小中学生が太鼓や笛の音を響かせ、町内を練り歩く。終盤は8台が境内に集合するが、その様子は県内有数の規模と言われる。
伝統が途絶えたのは一昨年。コロナ禍で、祭りは神事のみとなった。二丁目お囃子保存会会長の五十嵐國明さん(71)は「お囃子に携われるのは小学校5年生から中学生。中止が何年も続いたら、後世に引き継いでいくことができない」と心配する。
そのため、今年は本番演奏ができなくても練習はしよう、と8月後半から該当する小中学生6人に集まってもらい、稽古を始めた。高校生となった先輩が教えに来る姿もあった。
そんな中で生まれたのが「加藤清正マスク」だ。他地域に住んではいるが、過去に二丁目の法被や手拭いをデザインするなど応援を続ける知人に絵を描いてもらい、黒と黄緑2種類を製作した。「祭り当日がどんな形になろうと、これを着けて集まろう」と気持ちを一つにしている。町内会長の松澤信さん(66)は「同じマスクを着けるだけで、気持ちが同じ方を向く気がする」と喜ぶ。

楽しむこと大事 少しでも笑顔を

もともと、二丁目は楽しいことが大好きな人たちが集まっている。特に、18軒でつくる商工会(松田忠会長)は、過去に手作りビアガーデンを開いたり、昭和グッズを展示したりと、いろいろなことにチャレンジしてきた。
今年は8月6~8日、「七夕プロジェクト」と称して、塩化ビニール管で大きなハート形を作り、笹を添わせて町内の人たちが願いを書いた短冊を飾った。プロジェクトリーダーの高田佳和さん(51)は「こんな年だからこそ、出会いを大切にと、ハート形にした。個々に写真を撮ってもらい、インスタグラムなどに挙げてもらった」と話す。

関係者たちは、「何しろ最近はみんなで楽しいことをするのに飢えている。少しでも自分たちで笑顔をつくっていこうと思う」と声をそろえた。