地域医療支えて鴨居歯科医院50周年 「生涯現役」院長の決意

「医は仁なり」地域に貢献を 鴨居歯科医院 塩尻市

よくかんで食事を味わえば、日々の活力になる。そのために大切な歯の健康。不調な時に信頼できる歯科医がいたら心強い。
塩尻市大門一番町の鴨居歯科医院が5日、開院50周年を迎える。理事長で院長の鴨居弘樹(ひろじゅ)さん(78)が3人で始めた街の小さな歯科医院だった。
現在スタッフ27人。各自が患者と向き合い、最善の治療と笑顔の対応に努める。
「70歳で引退しようと思っていた」と鴨居さん。転機は9年前、「家族で地域医療に貢献したい」と歯科医師を志した娘を病気で亡くしたことだ。
娘の夢を実現しようと生涯現役を決意。10月下旬には三男の史樹さんが、同市広丘高出に整形外科かもいクリニックを開院する。地域医療の充実へ歩みを進める。

人間力を大切にスタッフ一丸で

塩尻市大門一番町の鴨居歯科医院。始業前の朝礼はスタッフたちのあいさつとグータッチから始まる。医院の基本理念をみんなで唱え、冊子「職場の教養」を輪読、院長の鴨居弘樹さんの訓話などへと続く約10分間だ。
スタッフは歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士など27人、曜日ごとに勉強会で知識や技術を高めている。院内のフラワーアレンジメントは院長の妻、鈴江さん(73)が担当する。
1日約140人、年間延べ約3万5000人が来院する。治療のほか、一般向けに歯の大切さを伝える「かもかむ教室」なども定期的に開いている。
鴨居さんは東京で生まれ、幼少期に塩尻に移住。母の勧めで歯科医を選び1972年、開院した。当時は日に5人ほどを診察する程度だった。
約10年間で次第に規模が大きくなり、「医は仁なり」を核に医院の基本理念を明確にするなど、経営改革にも着手。99年には品質管理システムの国際規格ISO9002を、日本の歯科医院で初めて取得した。
「患者への対応はスタッフ各自の人間力が大切」と人材育成にも注力。2012年以降は各種一般社団法人による歯科医の顧客満足度や医療機関のホスピタリティーの審査会で最優秀賞などを受けた。

まな娘との別れ夢を引き継いで

鴨居さんの3男1女の子どもたちも、それぞれ医療の道へ進んだ。唯一、歯科医の道を選んだのが末っ子の智子さんだった。父の母校、東京歯科大で学び、卒業後は最先端のノウハウを学ぶため米国に留学していた。
大病をしたことがなかった智子さんを、病魔が襲った。11年、友人の結婚式で帰国した際に体調不良を訴えた。精密検査でステージ4の膵臓(すいぞう)がんと分かった。
智子さんは「絶対に治す」と、さまざまな治療を試し、家族も励まし続けたが、1年9カ月後の13年1月、29歳で他界した。鴨居さんは「まな娘との別れ、かけがえのない後継者を失った苦悩に、何度も天を仰いだ」と振り返る。
開院して半世紀。組織の在り方や人生について悩んだときに指針を示してくれたのが、無量寺(同市片丘)の元住職で曹洞宗大本山総持寺(横浜市)西堂の青山俊菫さんと、人材教育コンサルタント事業を手がける会社を経営する青木仁志さんだったという。50周年記念では、2人を招いて講演会を開く。
家族で地域医療に携わる夢を抱いていた智子さん。それを引き継ぐ形で鴨居さんは現役を続け、市外の病院で働いていた三男の史樹さんも塩尻に戻り開院する。
「人生100年時代。健康で過ごすには、歯科医療だけでなく食育にも力を入れ、トータルで塩尻に貢献していきたい」と鴨居さん。地域の人とまな娘の笑顔を思い描きながら、前に進む。

【メモ】
【50周年記念講演会】10日正午開演、塩尻市大門七番町のレザンホール大ホール。青山俊菫さんが「たった一度の人生を豊かに生きる」、青木仁志さんが「一生折れない自信のつくり方」をテーマに話す。入場無料で事前申し込みが必要。住所、氏名、電話番号などを記入しファクス(54・2121)するか医院のホームページから。問い合わせは鴨居歯科医院TEL0263・52・0118