【講演会ききどころ】絵本作家・画家谷内こうたさんの妻 谷内富代さん

大切にした日本人の誇り

松川村の安曇野ちひろ美術館は、12月4日まで開いている絵本作家、画家の谷内こうたさん(2019年に71歳で他界)の回顧展に合わせ、フランス在住の妻・富代さん(71)のトークイベントを開いた。長年同国で制作に励んだ谷内さんが影響を受けた人や、在りし日の思い出、知られざる日常などの話に約30人が耳を傾けた。(9月10日)

こうたさんの両親はとても優しく、子どもを理解し、楽しい家庭で大事に育てられた。(絵本制作を勧めた叔父で画家の)谷内六郎先生は、こうたさんと同じタイプの優しさのある方。家庭を持つ前はずっと身近にいて、ちょっと寂しい風景や切ない感じなどは一緒の世界、完全に同じだと思う。(出版社・至光社編集者の武市八十雄さんにこうたさんを紹介した)心のこもった手紙(今展に展示)を見て、本当にうれしかった。
武市さんは個性的で、日本にいないタイプの方。こうたさんのことを理解してくれ、武市さんに褒めてほしい一心で絵本を描いていたと思う。後に「こうた君自身が芸術だよ」とおっしゃってくださった。
こうたさんの絵本の文は、俳句のように短い。そぎ取った分かりやすい言葉から(読む人が物語の世界や想像を)膨らませ、あとは絵で感じてほしいという思いは武市さんと合っていた。今やフランスでも俳句は知られてきたが、日本のエスプリを50年前から伝えた。欧州的なものは好きだったけれど、精神的に大切にしていたものは日本人としての誇りや美しさだった。
娘は、ずっと家にいるこうたさんのような生活をしたくないと、かばんを持ち毎日勤めに行くことに憧れた。こうたさんにとっては絵を描く日々が続くのが最高のこと。うまく描けない時には料理を作ってくれた。1日を無駄にしたと思うからで、すぐに結果が出る料理について、「これほど今日の1日を満足させるものはないんだよ」と言っていた。とても料理が上手になった(笑)。けれど、それだけうまくいかなかったということだ。
絵描きの目はすごかった。私にとってはマジシャンのようだった。不思議な職業で、情熱がなければできないと思う。続けられたのは本人の意志とチャンス、日本という国がそれを受け入れ、皆さんが最後まで支えてくれたからだと感謝する。とても恵まれていたと私は思う。