車いすダンス 一体感に魅力 人の心動かすパラスポーツ

波田公民館などで練習する渡邉さん、轟さん、山田さん

華やかなドレスやダンススーツで、障がい者と健常者が一緒に踊る「車いすダンス」。スピードや回転、車いすを操るテクニック、ペアの一体感や表現力など、高い芸術性を求められる競技だ。
5年前、その魅力に引き込まれた渡邉速人さん(55、松本市村井町南)は16日、茨城県で開いた「全国車いすダンス競技大会」に出場。30日に群馬県で開く「車いすダンスジャパンカップ2022」に向けて、練習に励む。
「パラスポーツが注目されている昨今、この競技の魅力を多くの人に知ってもらいたい」と渡邉さん。1日、ペアを組む轟奈美さん(54、長野市)と、別の種目で轟さんとペアを組む山田一彦さん(44、同)の3人が練習する松本市波田公民館を訪ねた。

10年ほど前から社交ダンスを続ける渡邉速人さん。初めて車いすダンスを見たのは、2017年に参加したダンス競技会だった。
それまでは「健常者が障がい者に寄り添う福祉的なもの」と思っていた。だが、2人1組の競技者が一体感を持って大きな表現をする姿に、「車いすは障害を補うものではなく、自由な表現のための武器。人の心を動かす力がある」と感動。「どうしても一緒にやってみたい」と会場にいた関係者に直談判した。
車いすダンスの団体「長野県ハンドトゥハンド」に所属する轟奈美さんを、パートナーとして紹介された。拠点は長野市の県障がい者福祉センター「サンアップル」。車いすダンスの練習を始めた。

轟さんは1998年にけがで下肢まひになり、車いすの生活を送っている。20年ほど前、見に行ったフラメンコの発表会で、たまたま隣に座っていた人に誘われ、車いすダンスの存在を知った。
「自分とは住む世界が違う」と思っていたが、試しにやってみて感動した。「自分は何もできないと思っていたけれど、踊ることができるのか」と驚いた。回転する、手を上げる、バランスを取る…。普段の生活とは全く違う動き。
練習を重ねると、できることがどんどん増えた。「人との出会いも増え、仕事と家の往復だけでない世界に入れた。交友関係が広がった」と話す。

山田一彦さんは、バレーボールやバスケットボールを楽しむスポーツマンだった。事故で右半身まひになり「片手で運動はできない」と無趣味になった。
同じ時期にリハビリ施設に通っていた轟さんと、10年ほど前に偶然再会し、車いすダンスの練習に誘われた。初めは抵抗があったが、体験してみると案外動けて「面白い」と感じた。
普段の生活では使わない車いす。ダンスでは両方の車輪を左手だけで操って華麗に踊る。猫背が治って姿勢が良くなった。それ以上に「事故以来、初めて趣味が持てたことが一番」と笑顔を見せる。

渡邉さんは、そんな2人と練習を重ねてきた。しかし、2019年の台風19号による水害でサンアップルが浸水し、使えなくなった。他の練習場所を探した。駐車場やトイレが障がい者対応であること、段差がなく車いす禁止の場所でないこと―など、さまざまな条件が付く。松本市の波田公民館で練習を再開したが、直後にコロナ禍。練習から遠ざかった。
今年の春からはコロナの様子を見ながら、復旧したサンアップルと波田公民館の2カ所で練習を再開した。「大会に出るには練習不足だが、ここから再始動」する3人。来年6月に塩尻市で大会が開かれる。渡邉さんは「障害の有無にかかわらず多くの人に競技を知ってもらい、仲間を増やしたい」と話す。

【車いすダンス】発祥は1950年代の英国。車いす同士のペアで踊る「デュオスタイル」と、障がい者と健常者がペアを組んで踊る「コンビスタイル」がある。車いすに乗っている人を「ウィルチェア・ドライバー」、立ち役の健常者を「スタンディング・パートナー」と呼ぶ。