「太鼓とそば」縁 22年ぶりに再会

プロ和太鼓奏者 アート・リーさん 玉の湯会長 山﨑※良弘さん

「お久しぶり!」
大町市文化会館の楽屋前で22年ぶりの再会を喜び、固い握手を交わす二人がいた。松本市浅間温泉1のホテル玉の湯会長、山﨑※良弘さん(67)と、飯田市の和太鼓アーティスト、アート・リーさん(47)。11月30日、大町市のイベント「シルバーカーニバル」の、舞台裏での出来事だ。
米国出身のリーさんは2000年、所属した母国の太鼓団の日本ツアーを企画。松本市も会場の一つだったが、チケットが売れない。太鼓団のため懸命に努力する青年の姿に、山﨑※さんは心を打たれた。周知に協力し、成功につなげた。
二人の再会には縁があった。

米国の太鼓団の松本公演に協力

「本当に真剣な顔で困った様子だった。何とか力になってあげたかった」。2000年春。松本市の山﨑※良弘さんは、後にプロ和太鼓奏者になるアート・リーさん(飯田市)との初対面の様子を、鮮明に覚えている。
リーさんは当時、阿智村と平谷村の小中学校のAET(英語指導助手)だった。米国在住時に和太鼓に魅せられ、「サクラメント太鼓団」に所属していた。日本で職を得て、世話になった指導者や同太鼓団への恩返しの気持ちで日本へ招き、飯田市、阿智村、松本市の3カ所で公演を企画した。
ところが、知り合いのいない松本では周知のすべがなく、チケットが売れない。メンバーの渡航費などは自分の収入も充てる計画で、芸術に関心の高い松本での公演成功に「とにかく必死だった」とリーさんは振り返る。
松本市内の和太鼓グループを調べ、訪ねたのが本郷地区の子ども太鼓連「若獅子太鼓」(当時)保護者会長の山﨑※さんだった。
太鼓団のためひたむきに努力する姿に胸を打たれた山﨑※さん。国際、文化交流にもつながるとして、市教育委員会に協力を求め、小中学校を通じて周知したり、交流のあるラジオパーソナリティー・武田徹さんの番組に、リーさんの出演を頼んだりした。迎えた当日は、若獅子太鼓も出演し、会場の県松本文化会館中ホールを500人近い聴衆が埋めた。
リーさんは「(山﨑※さんの協力がなければ)50人ぐらいだった」と感謝。山﨑※さんは「周りのために一生懸命な姿は人を動かす」と、奔走した日々を懐かしむ。

「そば切り音頭」歌と太鼓で共演

リーさんは01年、芸術ビザを取得しプロ奏者に転向。04年に多国籍メンバーの演奏グループ「TOKARA(トカラ)」を結成し、飯田市を拠点に国内外で精力的な活動を始めた。山﨑※さんはテレビやCMなどでリーさんの活躍を知っていたが、対面の機会はなかった。
一方、宿泊客らに出すそば打ちに励む山﨑※さんは11年、そば文化を未来に継承したいと「信州そば切り音頭」を作詞し、3人組で歌唱。踊りもつけた。この曲に注目した大町市南部地域包括支援センターが、踊りを介護予防体操にアレンジし、数年前から広めている。
大町市の「シルバーカーニバル」は、同市と市内三つの地域包括支援センターが主催。センターの担当者がTOKARAへの出演依頼を偶然、山﨑※さんに相談したのがきっかけで、再び縁がつながった。カーニバルのフィナーレは、信州そば切り音頭。リーさんが太鼓で伴奏し、歌う山﨑※さんと共演できた。
リーさんは病気治療で松本市内の病院に通院している。2年前の入院中、病室で松本城で演奏する太鼓の音が聞こえ、回復への力になったという。「今度は松本城で自分が演奏したい」と意欲的だ。一番好きな日本食はそばといい、「山﨑※さんのそばを食べに行きます。大盛りにしてくださいね」とリクエストした。
そばがつなぐ思わぬ縁に驚く山﨑※さん。「そばは、そば(すば)らしい!」と、駄じゃれでリーさんを笑わせた。

※崎の大が立の下の横棒