【記者兼農家のUターンto農】#89 雪中キャベツ

雪国ならではの冬の幸

中信は南北に長い。Uターンして思ったことだ。とりわけ冬は北に長さを感じる。小谷村と白馬村は、国指定の特別豪雪地帯。雪がなければ作れないという農作物がある。実家のある塩尻では考えられない。「雪中キャベツ」が見てみたい。
9日、田畑の土があらわな安曇野を北に向かった。小谷村に入った途端に雪が舞い始めた。新潟県境に近い来(くる)馬(ま)地区に訪ねた畑は、一面真っ白だった。
井上聡也さん(41)が雪中キャベツを掘り出していた。この日の積雪は50センチほど。スコップで雪をどけていくと、すぐに鮮やかな緑が顔をのぞかせた。
見事な探索ぶりに感心すると、「覚えてますから」と井上さんは事もなげ。雪が積もる前に場所をだいたい把握するのだという。うねの端に立ててあった棒が、雪中での目印になっている。
現れた玉は、見た目は普通のキャベツだ。秋の時点で、この大きさまで成長するという。それをあえて収穫せず、雪の下に残す。寒さを生き抜くエネルギーにしようと、キャベツは自分でデンプン質を糖質に変える。食べる人にとっては甘みが増すというわけだ。秋に7だった糖度は、11、12になるという。
おいしい食べ方を尋ねると、「そのままが一番」と井上さんと同行の農協職員が口をそろえた。勧められるままにがぶり。かむほどにじわり甘みが広がった。芯までうまい。
昨秋は、天候不順で出来がいまひとつだった。井上さんは、降雪前の場所は覚えているが、玉の大きさは覚えていない。「掘り出してみて『ちっちゃ』というのが多くて」と残念がるが、はた目には宝物探しのよう。作業中の水分補給は取れたての甘いキャベツ。雪国ならではの農業は、どこか楽しげだ。
今季は、1月下旬まで雪が少なかった。雪上にキャベツが顔をのぞかせ、葉がシカに食べられた。それにも増して、例年、秋の食害がひどい。サルも悪さをするという。
獣害は、年々深刻になる。山国の農の悩みは、南北を問わないことも知った。