転身10年豆腐作りにやりがい

富成伍郎商店 チーフリーダー 寺澤さん

出来たての豆腐を水槽に放つと、ふわりと踊る。「一丁一丁の泳ぎ方や表面の滑らかさで出来を見る」。寺澤和生さん(46)が教えてくれた。富成伍郎商店(松本市原)のチーフリーダー。1日6000丁ほどになる豆腐作りの責任者、いわば工場長だ。
看板商品の一つ、「手塩にかけた伍郎のきぬ」が、本年度の県豆腐品評会で最優秀賞を受けた。入社10年の寺澤さんにとって、絹ごし豆腐の信州一は初めて。絹作りは、豆乳に入れるにがりの量や混ぜ具合など、工程の全てを任される。「やってきたことが間違いなかったと思えた」
信州大でフランス文学を専攻し、卒業後は地元企業で10年余りプリンター修理の仕事をした。無縁だった豆腐作りが、今は「難しくて面白い」。充実の笑みを浮かべる。

おいしさに驚き「人生」が変わる

旅行あっせん会社、リンゴ畑…。2012年の寺澤和生さんは、さまざまな職場で働いた。勤めていた会社のプリンター修理業務が海外に奪われ、新たな仕事を探していた。
「僕ら世代はずっと仕事に恵まれなかったから」。社会に出た00年頃は、就職氷河期まっただ中。今度も「何でもやってやろう」という思いでいた。
そんな時、富成伍郎商店の求人広告を見つけた。知らない会社だったが、知人らに聞くと、「いい所だ」とすすめられた。豆腐を食べ比べてみて驚いた。「うまいわ」。富成の味を知って、食品に関心のなかった人生が変わった。
入社したものの、硬いプリンター部品を扱ってきた手は、豆腐をどう持っていいかも分からない。掃除、洗濯から始まり、一通りの仕事をひたすら覚える2、3年を過ごした。
当時のチーフが定年退職して、豆腐作りを深く考えるようになった。「一朝一夕にいかない。面白い世界だ」

「変態でいよう」職人の言葉に力

その頃、心に残った言葉がある。「変態でいよう」。16年に参加した品評会で、愛知県の豆腐職人が壇上から呼びかけると、会場は大笑いで応えた。お堅い職人のイメージとは大違い。「変わり者でもいい。フランス文学やプリンター修理をやってきたような新参者でも、努力すればいいんだ」と思った。
仕事は、大豆の仕込みから始まる。洗って水に浸すと、一晩で2、3倍に膨らむ。すりつぶして、豆乳を搾り出す。
にがり(凝固剤)の投入を「打つ」という。神経の使いどころだ。豆乳の温度や香りをみて、にがりの量、かくはん機の回転数を決める。同じおけの豆乳でも、くみ出した時の状態は微妙に違う。「豆の機嫌を損ねないように」。どう打つか、勝負は一瞬だ。
作業はマニュアル化できない。「面白いし、イライラするし…。悩み続けている」。それがやりがいでもある。「物作りをしている感覚がある」
プリンター修理の仕事は、お金のために数をこなすというところがあった。「今の意識は真逆。自分でも人が変わった感じがする。おいしいという声が聞こえてくるとうれしい」
スーパーやコンビニに廉価な豆腐が並ぶ時代、小さな店を取り巻く環境の厳しさは感じている。「富成の色の違いは出せている。ここは研究室みたいで、一人一人が胸に思いを持っているはず。豆のおいしさをどう出すか、自分たちで分かっていることを続けたい」。舌も手もすっかり豆腐になじんだ。
直売店TEL0263・87・8584