
「手話で祝う二十歳の集い」 松本市
二十歳の節目を手話で祝おう─。松本市松南地区公民館「なんなんひろば」で4日に開かれた「手話で祝う二十歳の集い」には、20~24歳の聴覚障がい者18人と、若者たちを祝おうとする恩師や先輩、家族ら約100人が詰めかけた。
温かい雰囲気の会場では、手話や手話通訳、要約筆記なども交え、聞こえる人も聞こえない人も、同じ時間を共有。ろう者の歴史クイズやはたちの宣言、抽選会や茶話会など手作りの会で節目を祝った。
集いは2015年に2学年合同で初開催してから、隔年で実施。19年を最後にコロナの影響で途絶えていたが、松本市聴覚障害者協会に「開いてほしい」「予定はないのか」と声が寄せられ、事務局の吉池悠さん(27)らが企画して開いた、4年ぶりの催しだ。
人・社会つながるきっかけに
松本市松南地区公民館「なんなんひろば」で「手話で祝う二十歳の集い」が開かれた。聴覚障がいのある人たちが集うようになった事情とは─。
県内のろう学校は、松本市と長野市の2カ所。だから地元で通学していないろう学校卒業生は、旧友との再会を喜ぶ同窓会の雰囲気もある市町村主催の成人式に出ても、知り合いが少ない。式典に手話通訳があっても座席によっては見えづらく、「会場で孤独を感じた」「出席しなかった」という声もあったという。
「聴覚障がい者の仲間や先生、保護者らと一緒に、節目と再会を喜んでつながるきっかけをつくりたい。ろう者の先輩の話を聞いて社会参加や自立の契機になれば」と、当時県松本ろう学校の教員だった上嶋太さん(56)や卒業生らが2015年、実行委員会をつくって開催したのが始まりだ。
以来、新成人の当事者が実行委員を務め、前委員らの協力を受けながら企画・運営をしてきた。吉池悠さんも17年の集いの実行委員で参加者の一人だ。
4年の空白経て楽しい交流の場
今回は4年間の空白があるため実行委を組織することが難しく、吉池さんを中心に、現在同協会役員の上嶋さんやろう学校などの協力を得て準備。空白期間中に節目を迎えた人も参加できるように、4学年を対象にして参加を呼びかけた。
当日は、ろう者の歴史クイズを通じて「今は当たり前のことも先人のおかげ」とメッセージを発信。「はたちの宣言」では近藤元気さん(20、千曲市)と熊谷心亜(ここあ)さん(20、岡谷市)が「私たちは聞こえないことに誇りを持ち、これからも仲間や先輩たちと共に、より良い社会をつくっていくことを誓います」と手話で宣言した。
恩師らは、祝いの言葉の他にメッセージカードとプレゼントを渡し「皆さんの応援をこれからもしていきたい」と呼びかけた。県聴覚障害者協会の青年部長も務める吉池さんが、青年部の活動を紹介し「県内に住む聞こえないみんなが集まり、一緒に楽しく交流する場」と参加を呼びかけた。
長野ろう学校の中山康教諭は「卒業後の姿を見られただけでなく、彼らが学年や地域を超えて仲間とつながり、情報を得られる貴重な機会で、とてもありがたい」と笑顔。抽選会で1等を当てた熊谷さんは「自分が当たるとは」と戸惑いつつ「ろう学校の先生を目指して大学で勉強中。改めて手話も学んでいる」と表情を引き締めた。
吉池さんは「みんなが楽しそうにしていることがうれしく、先生たちがプレゼントまで準備してくれて、感動して涙が出た。今後も(集いが)続いてほしいしサポートしたい」とにっこり。上嶋さんも「多くの人が来てくれて良かった。空白で顔ぶれも変わったが、新しいつながりをつくってもらえればうれしい」と期待していた。