【野遊びのススメ】#49 小谷村でカエデの樹液を味わう

早春だけの旬の恵み

野遊びの魅力の一つは、自然の恵みを味わうこと。冬と春の狭間の1カ月ほどしか採取できず、煮詰めるとメープルシロップになるカエデの樹液を味わう体験が小谷村でできると知り、出かけてみた。

雪上で神秘的な味堪能

同村で自然体験活動を企画する「おたり自然学校」のツアー(今季は終了)に参加。東京と安曇野市の3人と栂池高原の森に入った。校長の大日方冬樹さん(35)のガイドで散策開始。自生するカエデの木を目指し、植生の説明などを受けながら進んだ。
春の森の足元はまだ雪で深く覆われているが、木々の根元は円形に解けている。「根開(ねあ)け」「根開(ねびら)き」などと呼ばれる現象だ。雪の反射、太陽光と風の力による不思議な現象を眺め、皆で「アートだよね」と感心した。
時折、膝下近くまでズボッと足が雪にはまる自然の“落とし穴”に苦慮しながら、カエデの木を探す。「足元の“メープルセンサー(カエデの種)”の密度が高くなったら、そろそろです」と大日方さん。
国内に自生するカエデの仲間は約30種類。そのうち樹液を採取しているのは、主にイタヤカエデとウリハダカエデだという。あらかじめ、それぞれの木の幹に3、4センチの深さまで穴を開けてホースをつなげ、ポリタンクにたまっていた樹液を少量ずつ飲み比べてみる。見た目は無色でさらさら。爽やかでほのかな甘さを感じた。
参加した内海隆司さん(41、三鷹市)、麻奈美さん(40)夫妻は「思っていたより甘くておいしい。イタヤカエデの方がよりワイルドな味ですね」。
森を出た後は、雪上でのティータイム。たき火を囲み、2種類をブレンドした樹液だけで煮出した自然な甘さの紅茶と、スキレットで焼いたパンケーキを味わう。大日方さんが煮詰めてくれたシロップ2種類と、カナダ産サトウカエデの樹液から作られた市販のシロップをかけて味比べ。少量の樹液を煮詰め、とろみがついた琥珀(こはく)色のシロップができる様子も観察した。
麻奈美さんは和ハッカを使ったミントシロップを製造販売しており、「自然のものを使う点で共通。ヒントがたくさん得られました」。
早春の限られた時期しか樹液が取れないのはなぜだろう?
大日方さんによると、落葉広葉樹のカエデは秋に葉を落として休眠するが、外に出しきれなかった水分で自身が凍らないように糖を作って冬を越す。春先に根から吸った水分と樹木内の糖がまざって、わずかに甘い樹液が取れるのだという。「雪国の厳しい冬を乗り越えるための生きる知恵。その旬の恵みを少しいただきました」
優しい甘さはどこか神秘的で、木も人も待ちわびた春の味がした。(おわり)