
除雪や“命の水”確保など懸命に
春山シーズンの開幕を待つ北アルプス穂高連峰・涸沢カール。標高2300メートルにある山小屋「涸沢ヒュッテ」の小屋開け作業が16日、上高地からヘリコプターで入山したスタッフら24人により、本格的に始まった。深雪から掘り出され、半年ぶりに目覚める山小屋と、スタッフの奮闘をカメラで追った。
16日午前10時。上空から例年だと見えない、ヒュッテの本館や新館の赤い屋根の一部が雪間にのぞく。いつもは残雪に覆われて真冬の表情の穂高連峰も、今春は露出したダケカンバの木立が目立ち、すでに5月中旬並みの様相だ。
奥穂高岳から吊(つ)り尾根の稜線(りょうせん)にできる、雪がひさし状にせり出す雪庇(せっぴ)も小さく、今冬が例年より暖かかったことを物語る。「今年の雪解けは早く、残雪は例年より2メートルほど少ない。それでも雪崩が集まるヒュッテ周辺は、深い所で4~5メートルある」と同ヒュッテの小林剛社長(59)。
建物は外部の損傷だけでなく、内部の状況が心配だ。厨房(ちゅうぼう)や大食堂、客室などは無事か?新館内部の点検には「ユキザサ」と呼ぶ2階客室の小さな窓を掘り出して入るが、今春はその窓がほとんど露出していた。
窓枠が取り外され、山口浩一専務(45)に同行し、小型ライトで照らしながら真っ暗な館内へ。暖冬だったとはいえ、窓際の部屋の壁や天井は霜で覆われ、冷凍庫さながらの場所も。厳寒に耐え抜いた様子が伝わる。点検の結果は「異常なし」。
11時52分。強風の中、軽量の除雪機1台が到着した。発電室の入り口を、作業開始から約40分で掘り出す。午後0時37分。小屋開けでは記憶にない早さで発電機が稼働し、館内に明かりがついた。
3時47分。悪天候の間隙(かんげき)を縫うように、残り2台の除雪機を空輸する。主力の除雪機は重量が約900キロあり、一度では運べない。「オーガ」と呼ぶらせん状の回転刃で雪を掻(か)き取る、集雪装置の部分を取り外して運び、到着順にオーガの取り付けに追われた。
5時11分。玄関口と本館の従業員部屋の入り口を掘り出し、初日の作業を終えた。
17日午前7時半。気温は氷点下4・5度。強風と降雪による地吹雪の中で、作業が始まる。風にあおられた氷の粒が、顔に吹き付けて痛い。8時40分。除雪車が本館の建物との間にできた空洞にキャタピラーをとられ、45度傾いたまま動けなくなるハプニングも。10時36分。約400メートル離れた北穂沢の水源の水槽にパイプをつなぎ、小屋に“命の水”が届く。
残雪は少ないが、この春の雪は締まって硬く凍り付き、スコップが使えない場所も。「掛矢(かけや)」と呼ぶ大工道具の大型木槌(きづち)や、金属製の大型ハンマー、チェーンソーは、小屋開けの除雪に欠かせない。
館内では5人の女性スタッフらが、営業に向けて準備を進める。その中に、ハワイ出身で松本市在住の秋山魚美( な み)さん(18)の姿が。山や自然が大好きで、9月まで小屋で働く。残雪の穂高連峰に包まれ、「ハワイにはない、言葉では表せない絶景」と感激しきりだ。
生鮮食品など物資の搬入も無事に終わった。「今年もウィズコロナの営業を継続する」(小林社長)ため、宿泊は完全予約制で、定員は半分以下の140人。上高地開山祭の27日から、登山者を迎え入れる。
(丸山祥司)