歴史伝える建物で念願の洋菓子店

「おいしい」だけではない店に

松本市丸の内にひっそりとたたずむ昭和レトロな建物。菓子職人・朝吹太(たいち)さん(28、蟻ケ崎)が4月、洋菓子店「菓子壱(いち)」を開いた。
元は1960年代半ばまで営業していた「旧宮島肉店」。建物は昭和初期の建築とみられ、歴史的価値がある建物を対象にした市の「近代遺産」に登録されている。
2022年、市内の歴史的な建物に現代アートを展示する「マツモト建築芸術祭」の会場となった建物だ。朝吹さんが一目ぼれし、持ち主と交渉を重ね、借りて店を始めることになった。同芸術祭でも初のケースだ。
菓子職人を志し、フランスなどで修業した朝吹さん。古い建物を大切に使う文化に触れてきた。歴史ある建物を舞台に、念願だった自身の店の歴史を刻み始めた。

「建築芸術祭」で建物に一目ぼれ

松本市丸の内の洋菓子店「菓子壱(いち)」。オーナーで菓子職人の朝吹太さんが、ショーケースに焼き菓子を並べている。「素材の味や香りが出てくるまでしっかり焼くのがこだわり」。甘さと塩気が絶妙な「ガレットブルトンヌ」、バターにレモンが香る「フィナンシェシトロン」など、8種類をそろえる。
建物は1932年頃に建設された、広さ約40平方メートルの木造モルタル平屋。重厚な雰囲気の石造りのカウンターと歴史を感じさせる壁、路面に近い開放的な厨房(ちゅうぼう)。「この雰囲気に一目ぼれしました」
店を開くに当たり、外観はそのままで内部の基礎を補強した。和室だった奥の部分をテーブル席のスペースに改装し、窓側にカウンターを設けた。赤いショーケースが空間のアクセントだ。
奈良県生まれの朝吹さん。天然酵母のパンを焼いてくれる母の姿を見て育ち、中学生の頃から自身も焼くようになった。高校時代、菓子を焼いて友人に贈った。気持ちを伝え、人を喜ばせられる菓子に魅力を感じ、製菓の道へ。製菓学校やフランスの洋菓子店などで腕を磨き、帰国後は都内のコーヒー店や焼き菓子店で働いた。
2020年12月、菓子を作る際、果物産地で生産者とよりつながれる|と、松本に移住した。自宅の一角で菓子作りを始め、インターネットなどで販売。松本に根差した店を開きたい─と物件を探し始めた。
22年冬。市内の歴史的建造物に現代アートを展示する催し「マツモト建築芸術祭」(実行委員会主催)で、現在の建物と出合う。何げない気持ちで中に入った朝吹さんは、建物の雰囲気に心をつかまれ、「店を開きたい」と強く思った。持ち主に何度も交渉し、賃貸契約を結べた。

歴史や食材など街の魅力発信を

同実行委員会によると、旧宮島肉店は芸術祭前まで久しく使われておらず、総出で掃除し環境を整えた、スタッフの思い入れが強い建物という。
会場が新たな店舗として再生されるのは初のケースで、齊藤忠政実行委員長(48)は「願った通りの展開。昭和初期の建物の魅力を若い世代にも理解してもらえた。古い建物をこのように活用できるという、一つのシンボルになれば」。
4月にプレオープンすると、旧宮島肉店の常連客が訪れ、昔話に花が咲くようになった。「自分が店をやることで、近所の人に喜んでもらえるのがうれしい」と朝吹さん。
店名の「菓子壱」は数字の一にちなみ、国内外の人に伝わりやすく覚えやすいと選んだ。ゴールデンウイークからは、販売と店内でもお茶が飲めるようにする。6月から店内食で生菓子を提供し、ゆくゆくは県内産の果物などを使った菓子も作る。
「『おいしい』だけでなく、菓子の歴史や食材、建物のことなどプラスアルファを感じてもらえる店にしたい」と朝吹さん。街の魅力も発信していく。
29日から5月7日は無休で午前10時~午後5時。その後は火~木曜定休。菓子壱の営業時間や連絡先は店のインスタグラム=こちら=から。