
取材で時折、古い文書や掛け軸と出合うと、市民の方に解読をお願いする機会がある。ミミズがのたくったような字を、涼しい顔で読む姿は“ハンパなく”格好良い。昨今、古文書講座がシニア世代で静かなブームだとも聞く。元松本城管理事務所研究専門員の青木教司さん(81)がNHK文化センター松本教室で受け持つ古文書講座をのぞいた。
歴史ファン向け教材も使用して
講座は月2回、上級者向けで、受講生は15人。講座開始40分前に会場に着くと、既に8人が着席し、宿題の答え合わせをしていた。
今、使っている教材は、1867(慶応3)年の松本地方の様子を記した文書で、宿題は教材10ページ分の読解。受講生は2週間かけて読み解き、講座では声に出して全員で読み合わせる。
「松本の文書を読むことはこの講座の命」(青木さん)だが、さらに満足度を高めようと、新撰組組長の近藤勇が書いた書状を読んだり、江戸幕府の実力者、田沼意知の暗殺を知らせる文書を読解したりと、歴史ファンの心をくすぐる教材も使う。
「クイズやパズルを解いているみたいで楽しい」と魅力を話すのは松本市里山辺の女性(77)。講座中も「あー、分からなかった。悔しい!」など、童心に帰ったように一喜一憂だ。
知らない字は、前後の字や文脈から推測したり、判別できる部首を頼りに「くずし字辞典」で片っ端から調べたり。「分かったときや推測が当たっていたときの爽快感は最高」と目を輝かせる。
動機楽しみ方人それぞれに
麻績村から通う夫妻は、妻(79)が先に通い始めた。若い頃、村史編さんに携わった際に抱いた「古文書が読めたら楽しいだろうなあ」との思いを、リタイア後に実行に移したという。
「いくらやっても、分からない字が次から次へと出てくる。歴史的な教養も含め、受講するたびに新しいことを教わるのが楽しい」と声を弾ませる。
夫(80)も数年前から一緒に受講。「月に2度、夫婦でこういう特別な時間を持てるのは、なんだかいいものです」
松本市梓川倭の岩岡弘明さん(70)は、家に残る先祖の文書を読みたいと、6年ほど前から通い始めた。
岩岡家は江戸時代は庄屋で、先祖の岩岡伴次郎は、地元の梓川地区から大滝山を越えて上高地に至り、飛騨へと通じる「伴次郎街道(飛騨新道)」を開いた人物。「家のルーツが少しでも分かれば」というのが動機だ。
「古文書の魅力は、今と全く違う価値観の中で生きる、江戸時代の庶民の様子が分かること」と岩岡さん。「身分制度などに起因する暗いイメージが覆され、一生懸命生きる姿に心打たれるんです」
同市和田の宗亭正治さん(72)は6年目。「初めの3カ月は一文字も読めなくて、ここに座っているのが怖かったけど、今でははまり過ぎて、普通の字が読めなくなった」と茶目っ気たっぷりに話す。
宗亭さんの楽しみは、文書に書かれていないことまで関心を向け、調べること。
例えば、1810年の文書にあった行き倒れた人の記載。宗亭さんは、この人物が歩いたであろう道や時代背景を、可能な限り調べた。「全然分からないんだけど」と笑うが、古文書から広がる世界を心から楽しんでいる。
「教科書に載らない、庶民のささやかな日常が尊い。だって、それが今の私につながっているわけだから」
動機も楽しみ方も人それぞれ。今日も辞書を片手に「分かった!」「ひょっとしてこれじゃない?」と心わくわくさせている。