
「小学生の頃から、つらいことがあると、短歌を詠むことで助けられてきた」
安曇野市出身の歌人・中野霞さん(26、下諏訪町)は思春期の頃から、日常生活で感じた嫌なこと、劣等感、自己嫌悪、恋心などを五七五七七の31文字に吐き出していた。短歌は「自分の感情のごみ箱」だったという。
穂高西中学校3年生の時に「第25回全国短歌フォーラムin塩尻学生の部」で最優秀賞を、信州大人文学部在学中には「第62回短歌研究新人賞」を受賞した実績がある。
他作品の言葉にも救われてきた中野さんは、短歌のパワーを確信している。若い人たちにも魅力を伝えたいと、19日に松本市内で「まつもとたんかのかい」を開く。「31文字には普段言えないことも包んで言える。短歌が誰かの助けになれば」
小5で初めてコンクールへ
中野霞さんが短歌を詠むようになったのは、小学5年生の時、短歌会に所属する祖母から全国規模のコンクールへの応募を勧められたのがきっかけ。文字数の約束だけを教えてもらい応募した。受賞はしなかったが、自分の考えを詰め込むのに31文字がちょうどいいと、短歌の面白さにはまった。
それ以来、感じたことをノートの端になぐり書きしては気持ちをすっきりさせていた。読み返す必要がなかったので、高校生の頃までの作品は残っていないが、短歌に助けられた思いは残っている。
短歌教室に通ったり、誰かに教わったりしたことはなく、本やインターネットで歌人の作品を読むなどして独学した。短歌だけでなく、全ての文章が参考になる。
大学生の頃、自分と他人を比べては自信をなくし、短歌もどうでもいいと思った「どん底だった」時期がある。2年間休学し、都内のファッションデザイナーの私塾に通ったり、コンテンポラリーダンスの舞台を手伝い、出演したり…。その間、短歌研究新人賞に応募し受賞。大好きな寺山修司さんもかつて受賞した憧れの賞だった。「それまでは“ごみ箱”だった短歌で、人に何かを伝えられる人になりたいと思った」
受賞したからといって、短歌で食べられるようになったわけではない。自作を発表する場をつくろうと、昨年5カ月間、小冊子「月刊中野霞」を自ら制作し販売した。そこで見えてきたのは、短歌の根底にある「死ぬのが怖い」というテーマだ。「歌人として何かを残したいと思っているのかも」。中野さんにとって、自分の「断片」を詠む短歌は唯一無二。この先も詠み続けることに迷いはない。
短歌会などで若い世代にも
ウェブやグラフィックのデザイナーとして働く傍ら、昨年から富士見町の書店で短歌の会を開いていて、自身の刺激にもなっている。いつか学校に教えに行けたらとも思う。若い世代が多い松本でも会を開きたいと今回企画した。「31文字が短歌になる。ハードルを高く感じないで気軽に来てほしい。短歌のパワーを信じています」
【まつもとたんかのかい】
19日午後7~9時、松本市清水1の築150年の古民家「松本深呼吸」で開く。中野さんが短歌の歴史や現代歌人の作品を紹介する。定員20人。大人1500円、大学生700円、小中学生500円。申し込みはこちらから。次回は6月23日。