牛伏川のトイレをボランティアで清掃続ける小林恵子さん

重要文化財「牛伏川フランス式階段工」(松本市内田)を間近に見る「連岳橋駐車場」と、そこから300メートルほど上ったキャンプ広場にある公衆トイレの清掃を、ボランティアで約18年間続けている小林恵子さん(69、内田)。トイレが冬季閉鎖される12~3月を除く期間、月1回訪れて清掃を行う。
始まりは2005年。松本市内田地区の町会長だった故・太田瑞穂さん(享年79)に誘われたのがきっかけだ。牛伏川のトイレ清掃の担い手がおらず、汚れていることを知った太田さん。率先して役目を引き受け、親しくしていた小林さんに「一緒にやらないか」と声をかけた。
太田さん亡き後も新たな「相棒」を得て、変わることなく続く小林さんの活動を取材した。

「相棒」と一緒だと楽しい

4月下旬、今年初めての牛伏川のトイレ清掃に取りかかった小林恵子さん。床をほうきで掃いて水を流し、デッキブラシでこする。便器はブラシで磨いた後、絞った雑巾で丁寧に拭き上げていく。夏場はクモの巣の駆除も加わる。清掃用具は、トイレを管理する県松本建設事務所(松本市島立)が用意している。
2017年にくみ取り式から循環式水洗トイレへと整備されたが、上下水道は通っていない。そのため、連岳橋駐車場のトイレ前にある水くみ場でバケツに水をくみ、掃除に使う。キャンプ広場のトイレ付近には水くみ場がないため、ペットボトルに詰めて小林さんの車で運ぶ。
牛伏川周辺の自然保護や環境整備は、行政以外にも地区の人々、水利組合など多くの人たちの善意の活動によって支えられている。山や自然を愛する小林さんと故太田瑞穂さんも、牛伏川周辺の清掃や草刈りを行う市民団体「牛伏鉢伏友の会」(21年解散)に参加し、年2、3回は仲間と登山も楽しんだ。
定年後、放課後等デイサービスで障がいのある子どもたちと関わる仕事をしていた小林さんと、長年、障がい者福祉に尽力してきた太田さんは志も通じていただろう。太田さんからトイレ清掃に誘われた時も、小林さんは「誰かがやらなきゃね」と快諾した。
二人三脚で活動していた2人だが、太田さんは21年に病気で他界。その数年前から、体調の思わしくない太田さんの分まで小林さんが1人で清掃を続けてきた。今後のトイレ清掃について話し合うことはなかったが「私にとっては既にライフワーク。毎月、自然と足は牛伏川に向かっていた」と小林さん。「特別なことをしているという感覚はない。普通のこと。山に行った時、トイレがきれいだとみんなうれしいじゃない」と笑う。
そんな小林さんに1年ほど前、新たな「相棒」ができた。共通の知人がつないだ縁で出会った武田律子さん(76、寿台)だ。武田さんは「話を聞いて、自分でよければ一緒にやりたいと思った」と話す。
2人で男女のトイレを分担し、15分ほどで手際よくきれいにする。労力が半分になるだけでない。「一緒に掃除すると楽しいよね」と小林さんが言えば、「牛伏川に来るたびに違う花が咲いていて、小林さんに名前を教えてもらったり、小鳥のさえずりを聞いたり。全然苦ではない」と武田さんも笑顔を見せる。
フランス式階段工が12年に重要文化財に指定され、観光客や野外学習の学生が大勢訪れるようになった。夏場はキャンプを楽しむ家族連れや鉢伏山への登山客も多い。
「以前よりトイレの利用者が増えた。皆さんが自宅のトイレと同じ感覚できれいに使ってくれて、使った後、ちょっと自分できれいにしていこうかな、という気持ちになってくれたらうれしい。それこそ、私たちの出番がなくなるくらいに」