松川の育苗農家の事業継承へ

来春就農予定の地域おこし協力隊員 隈本杜雪さん夫妻 松川村

40年余にわたり野菜苗の生産を続けた松川村の堀島茂さん(75)、あや子さん(74)夫妻。約130種、年間8万ポットを育て地域の農家や家庭菜園の需要を支えたが、後継者がなく、年齢や体力などを考え、昨年で苗生産をやめる決意をした。
ちょうど1年前。出荷を終えて用具を整理し始めた二人を訪ね、「苗生産を継ぎたい」と申し出た夫妻がいた。村地域おこし協力隊の隈本杜雪(もりゆき)さん(28)と、妻なのかさん(28)だった。
隈本さんは、協力隊の任期を終える来春以降、就農して村への定住を希望。「堀島さんの引退で、困ったという声を多く聞いた。就農を模索する中で、今ある素晴らしいものを継承するのもいいかなと考えた」。今季は堀島さんの下で研修を終えた若き担い手は、来春の独り立ちを目指す。

責任重大な育苗二人で引き継ぐ

1年ほど前、堀島茂さん、あや子さん夫妻は、今季限りで野菜苗の生産を終えることを、JAの資材専門店などの出荷先に伝えた。「目の前で『来年から困る』と言われたけれど、『悪いね』としか答えられなかった」とあや子さん。うわさは村営農支援センターで任務に当たっていた、隈本杜雪さんの耳にも届いた。
札幌市の非農家に育ち、高校生の頃から農業に興味があった隈本さん。2021年3月、松川村の地域おこし協力隊に着任した。退任後は農業をやりたいが、ゼロからのスタートは厳しい。農家の高齢化で使われなくなった農業施設の有効活用や兼業など、さまざまな可能性を探っていた時だった。妻なのかさんと堀島さんを訪ねて話を聞き、事業を引き継ぐ形で就農する意志を固めた。
「お二人は『楽しいよ』『面白いよ』とおっしゃった。苦労はあっても楽しみながらやっていると分かった。人柄にも引かれた」と、大阪府出身のなのかさん。堀島さん夫妻は、期せずして現れた後継者候補を歓迎。今年3~5月を研修期間として二人を受け入れ、一緒に苗を育てながら手順や技術、生産上の注意点などを、惜しみなく伝えた。
農業用ハウス9棟での作業。「(気温が)何度になったらハウスを開けますか」との質問には、「入って暑かったら。なからで」とあや子さん。長年培った感覚は、具体的な数値や言葉で言い表せない。「赤ちゃんを育てる感覚で」。子育て中の隈本さん夫妻にそう説明した。
種まきや接ぎ木など手先を使う作業が多く、「楽しい。台木に接いだナスが育つなど、面白くて不思議」と話すなのかさん。同時に「堀島さんの苗は信頼が大きく、引き継ぐのは責任重大」と気を引き締める。杜雪さんは「1回の経験では、微妙な感覚などは染みつかない。覚悟はあるので、やるっきゃないですね」と奮う。協力隊の活動として農家での研修に理解を示し、協力してくれた村関係者にも感謝する。
育苗の作業は、秋の土作りから始まる。出荷の時季には夜明け前からの水やりも。短期間に労力が集中し、高齢の農家には負担が大きい。「もっといいものを作りたいと思う。農業は毎年が1年生ですね」と話す茂さんは「手際が良く積極的。これなら任せられる」と二人をみやる。孫ほど年の離れた後継者夫妻に、「来年からは口だけ手伝うよ」。あや子さんはうれしそうに笑った。

隈本さん夫妻の長女、1歳7カ月の蒔(まき)ちゃんも元気にハウス内や周囲を歩き、一緒にお茶を飲む。育苗や農業に通じる名前の子が、2組の夫婦の絆をより強くする。「“ひ孫”まで連れてきてくれ、本当に感謝」。地域にしっかりと根を張り、実を結ぼうとする後継者を、堀島さん夫妻が寄り添いながら見守る。