
(午前11時3分、右岸下流から撮影)
上高地から北アルプス穂高連峰の涸沢に向かう途中にある、急流の上に架かるつり橋「本谷(ほんだに)橋」。今春は大規模な雪崩で谷が埋もれ、橋が架けられない事態になっていたが、雪解けが進んだ今月1日、例年より約1カ月半遅れて、ようやく渡れるようになった。登山者の安全を守るため、山小屋関係者らが取り組んだ架橋作業の一部始終を、カメラで記録した=写真は全て6月1日撮影。
穂高連峰・涸沢への道
【親柱を掘り出せ!】
横尾谷に架かる本谷橋は、雪崩に壊されないように冬を前に取り外され、例年は春山の登山者でにぎわう大型連休前の4月下旬に架けられる。橋がなかった今春、登山者は雪崩のデブリ(雪塊)の上を歩いて谷を渡ったが、雪解けが進んだことで下に川が現れ、デブリが崩れれば登山者は冷たい激流の中へ。命の危険にさらされる。
5月11日、例年ならつり橋が架かる場所で記者が目にしたのは、登山者をより安全なルートへ誘導しようと、雪上に何カ所も記し直された赤いスプレーのトレース跡。雪解けは進んだが、まだ仮設の橋も架けることができず、登山者は本谷橋の下流側に誘導されていた。
仮設の橋が架かったのは同17日。日中の気温が上昇したこの日、山小屋の従業員らが川の左岸(横尾側)で、つり橋の起点となる親柱を掘り出し始めたが、デブリは硬く、スコップでは歯が立たなかったという。雪解けが急激に進んだ同30日、雪をチェーンソーで切りながら掘り進め、翌日ようやく親柱が現れた。
【待望の橋を架ける】
6月1日午前8時半、つり橋を架けるため、涸沢ヒュッテと涸沢小屋の関係者16人が集まった。「ようやく架けられる。ひと安心です」と涸沢小屋の芝田洋祐社長(64)。同40分、雪解け水の激流上で、右岸(涸沢側)から左岸の親柱の基部へ、直径30ミリのメインワイヤ2本を張る作業が始まった。
9時8分、「チルホール」と呼ぶ手動ウインチを使ってワイヤを引き寄せ、取り付けが完了。同20分、鋼材の橋桁が次々と運ばれ、ワイヤに取り付けられていく。同28分、橋桁の上に3寸角(9×9センチ)の角材が2列、橋の前方向にボルトとナットで固定され延びていく。
10時5分、レールのように延びた木の柱の上に、木道部分のパーツが並べられると、にわかに橋らしくなった。同41分、作業の先端が、川面から約5メートルの最高点に達した。作業者はハーネス(安全ベルト)を着け、カラビナ(環状の金具)で自身をワイヤにつなぎ、安全を確保して進んでいく。先行する4人は全員が山岳救助隊員だ。
11時15分、左岸から取り付け始めた橋桁が、右岸に到達した。後を追い、欄干を取り付ける作業が同時進行している。手順を熟知する16人は機械のように機敏に動き、作業はどんどん進む。
同50分。欄干の取り付けが完了。わずか3時間で、深山の渓流に似合う長さ25メートルの美しいつり橋が完成した。まだ残るデブリの上から橋を眺めた涸沢ヒュッテの小林剛社長(59)は「梅雨の季節を前に登山者の安全が確保でき、本当にうれしい」と、胸をなで下ろしていた。
(丸山祥司)