
【激流の中で耐えつなぐ命】
線状降水帯、集中豪雨…。川幅いっぱいの激流になる気象条件を、雨雲レーダーで探りながら、今シーズンは7回、赤沢渓谷に通った。
激流にもまれ、水中花となっても命をつなぐキソガワサツキに初めて出合ったのは、35年前。まだフィルムカメラ全盛時代のことだ。増水した激流に近付く撮影は非常に危険で、これまでは断念してきた。
6月12日昼。600ミリから1200ミリの超望遠レンズを使い、車道から対岸のつぼみを付けた株を見下ろしてテスト撮影。安全な場所からの試し撮りは、予想以上に良い結果で、長年諦め切れずにいた「水中花」撮影を決行することにした。
6月30日に日付が変わる夜半から明け方にかけ、上流域に強い雨の予報。チャンス到来だ。午前7時半、降りしきる雨の中を、期待しながら現地に着いた。が、撮影地の渓流の水位はさほど上がっていない。車中でひたすら待つが、昼になっても水位は上がらない。
保水力が豊かな木曽五木(ヒノキ、アスナロ、コウヤマキ、ネズコ、サワラ)の赤沢自然休養林を思い浮かべ、「今日は駄目か…」と諦めかけた午後4時過ぎ。気が付くと、水位がぐんぐん上がり始めた。雨具を身に着け、大急ぎで撮影器材を準備する。激流にのみ込まれ、ひたすら耐えるキソガワサツキ。花の悲鳴が、レンズを通して聞こえてくる。
4時55分、川面から約1・5メートル上にある、咲き始めたばかりの株の根元に激流が迫る。6時15分に完全に水没するまで、カメラで追い続けた(右の経時変化を参照)。
2度目のチャンスは7月9日に訪れた。気象情報を見ながら、午前6時半に撮影地に到着。水中で花とつぼみが揺れている。夢に見続けてきた光景が今、目の前にある。空気が激流にもまれたことで発生し、流れてくる泡の中に、赤い花が映り込む。絶好の被写体に胸を躍らせながら、望遠レンズで切り撮った。
撮影は、下流の麝香(じゃこう)沢(ざわ)から上流の袖渕(そでぶち)の間で行った。脳裏に描き続けた、キソガワサツキの水中花。諦めないでいたら、大自然の方から近付いてきて、撮らせてくれた。感無量、感謝である。
(丸山祥司)