
病気を治す新しい薬を作った、斬新なデザインで世界中から呼ばれる、パイロットになった、アイドルデビュー、サッカー選手、世界一周、スーパーパティシエ…。自分の夢が実現したことを伝える未来の日付の新聞、その名も「夢新聞」が、子どもたちの手で次々に生まれた。
松本市山辺小学校PTAが里山辺公民館で開いたワークショップ(WS)「夢新聞を作ろう」。一般社団法人「ドリームペーパーコミュニケーションズ」(米澤晋也代表、辰野町)が進めている。7月22日は16組39人の親子が参加した。
まだ実現していない未来の出来事を載せる夢新聞。その意義とは─。
子どもからのサプライズも
「夢実現新聞」と題字が付いた用紙には、未来の日付や見出し、夢をかなえた自分の様子を表す絵、文章を書き込むスペースがある。文章部分には▽自分の夢がかなった様子とその時の自分のうれしい気持ち▽自分の才能や経験をどのように生かして実現させたか▽夢が実現して、誰がどんなふうに喜んでくれたか─を書き込む書式になっている。
山辺小でのワークショップでは、見出しから文章とどんどん書き進める子もいれば、じっくり悩んでなかなか進まない子、絵から丁寧に書き始める子と、それぞれのペースで進行。様子を見守っていた親は書きあがった新聞を読み、その横に「応援メッセージ」を添えた。
「小説家とマンガ家の二刀流」と書いた黒澤佑月さん(11)は「どちらも好き。小説は時々書いてる」という。新聞を読んだ母親から応援メッセージをもらうと「ちょっと恥ずかしい」とはにかんだ。
子どもが生まれた時の気持ちを思い出したり、互いに日頃の感謝の思いを伝えたりして、親子の絆を再確認するサプライズ演出もあった。親子で涙ぐんだり抱きしめ合ったりする姿も。2人の娘と参加した松藤恭子さんは「子どもの今の夢を知る機会になり、サプライズでは思わず涙が出た。生まれてからいろいろなことがあったけれど、大きくなってくれた子どもとの過ごし方を大事にしたいと、改めて思った」と穏やかに話した。
全国に100人の「伝でん夢師」
夢新聞は、県内の新聞販売店店主らが語らう会で「夢新聞って、あったら面白くない?」という発言から生まれた。夢の実現に向けて日記を書くという話は聞くが、新聞という第三者の目線で書くことで、達成のプロセスやイメージが明確になるのではと、2010年、米澤晋也さん(51、辰野町)ら6人でスタートした。
11年の東日本大震災の被災地訪問を機に本格的に活動、依頼が徐々に増えてきたため14年に法人を設立し、講師を育成。現在は認定講師として、夢の配達人こと「伝(でん)でん夢師(むし)」が全国に100人ほどいるという。
同法人の活動はコロナ禍でしばらく縮小し、毎年実施していた山辺小PTAからの依頼も4年ぶりだ。メンバーの柳沢新聞店(松本市笹賀)店主、柳沢昭さん(53)は「久しぶりに活動でき、親子の様子に改めて『いいことをしてるな』と思った。これからも夢新聞を広めていきたい」と話していた。
夢新聞の詳細は=ホームページ=へ。