
ろくろで回転する木の板にかんなを当てると、するすると削れながら美しい形と木目が際立ってきた─。南木曽町周辺で作られる木工品「南木曽ろくろ細工」は、江戸時代には作られていたとされる伝統工芸品だ。
町の特産品である一方、職人の高齢化や後継者不足が課題。塩原孝介さん(37、同町読書)はその技術を引き継ぎ、「TADORUWORKS(タドルワークス)」を立ち上げ歩み始めた。
会社員から転職し、職人の道を選んだ塩原さん。自分のやりたいことを探した先に見えた道は、自身のルーツをたどりながらの挑戦でもある。
銀行員から転職恩師との出会い
南木曽ろくろ細工「TADORUWORKS」(南木曽町読書)を立ち上げた塩原孝介さんの工房は、大桑村野尻にある。かつて祖父母が住んでいて20年近く、空き家だった敷地内の車庫を改装。1月から本格的に制作に取り組んだ。
約15平方メートルの工房には、ろくろやかんな、器が並ぶ。職人が鍛冶をして作る特殊なかんなは、ろくろ細工の生命線。「自分たちが作った1本のかんなで、すべてを形にしていくシンプルさと奥深さに、ろくろ細工の魅力を感じる」と塩原さん。
材料は地域の山から出たトチやクリなどの広葉樹。「横木取り」により美しい木目を際立たせているのが、南木曽ろくろ細工の特長だ。
塩尻市洗馬出身。高校卒業後、都内の大学文学部を経て県内の銀行に就職し、6年間営業に携わり、退職。以前から興味のあったものづくりに関わりたいと、県上松技術専門校(上松町)に1年間、通った。
そこで講師だった南木曽ろくろ細工の伝統工芸士・酒井髙男さん(71、南木曽町読書)に出会い、酒井さんの技術と職人かたぎに感銘を受けた。
同校を卒業後、南木曽町地域おこし協力隊員に。当初はろくろ細工の職人かプロデュース側のいずれかにと考えたが、「地域活性化のためには自分で作れるようになるのが大事」と職人を選択。酒井さんの下で4年間修業した。
塩原さんについて酒井さんは「前向きできちょうめん。途中で挫折する人もいる中、本気で取り組んでくれた」と評価し、「自分の世代は伝統ばかりを気にしたが、ろくろを使った新しいものづくりにも挑戦してほしい」と期待する。
製品の「背景」に思いを巡らせて
協力隊員の任期終了後の2020年、「TADORUWORKS」を設立。町内で店舗を持つため三留野(みどの)宿で空き家だった店舗兼住宅を借りてリノベーション、7月に店をオープンした。6畳ほどの店内には、おわんや皿、カップなどのほか、製作途中の器も並べている。
“タドル”は、山をたどる、伝統工芸品を通じて地域の文化をたどる、製品それぞれのルーツをたどる─といった思いを込めた。
曽祖母が木曽平沢(塩尻市)で漆塗りに携わり祖父母は大桑村で暮らした。無意識に選んだ現在の仕事だが、自身のルーツに導かれたのかもしれない─と感じる時もある。
町の協力隊員を経て南木曽ろくろ細工で起業したのは、塩原さんが初めて。「技術の後継者というより、仕事自体に魅力を感じるから選んだ。誰がどこでどのように作ったものかをたどり、製品の背景にも思いを巡らせてもらえれば」と塩原さん。今後は各地のクラフトフェアにも出展し認知度を高めていきたいという。
店は毎週金曜日の午前10時~午後4時に営業。その他の日は応相談。問い合わせは公式ホームページから。