指導に燃やす情熱「今年は復活の年」 合唱指揮者・中村雅夫さん

集い歌うことが制限され、合唱を愛する人にはつらい日々が続いた。「戦争や災害、苦しい中にあっても人々は歌で励まし、立ち上がり復興してきた。つらい人を元気づけるのが音楽なのに、それができない。こんなことは人類の歴史であっただろうか」。合唱指揮者の中村雅夫さん(64、松川村)は、新型コロナ禍を振り返る。
合唱指導に長年情熱を注ぐ中村さん。37年の教員生活を終え、地域での指導をライフワークに再スタートを切ろうとしていた2020年春。感染拡大とタイミングが重なった。
新型コロナの感染法上の位置づけが5類に移行し、各地に歌声が戻った。今は約20団・グループの指導に飛び回る。「今年は復活の年」と語る声は、充実感にあふれている。

ハモる喜び合唱の輪広げたい

子どもから90代まで、中村雅夫さんが教える歌い手の年代は幅広い。大町市で活動する大町混声合唱団の練習で加山雄三さんの「お嫁においで」を歌う場面。「もうちょっと明るくね。悲しそうに歌うと、いろいろ勘ぐっちゃう」とユーモアを交えて指導する。団長の江端富男さん(74、同市)は「先生は非常に人を引きつけ、レベルに応じて上手に引っ張ってくれる」。
松川村教育委員会が開く「中高生のためのコーラスワークショップ」は、村内の9人が参加。教員時代の教え子もいて、和やかな雰囲気で爽やかなハーモニーを奏でる。松本蟻ケ崎高校1年の平林芽衣さん(16、同村)は「小学生の時から教わり、声が響くようになった。先生のおかげで合唱が好きになった」

小谷村出身、松川村育ちの中村さんが合唱と出合ったのは、大町高校(現大町岳陽高校)在学中、先輩の誘いで音楽部に入部した時だ。中学時代にテレビの音楽番組で見ていた世界的指揮者・小澤征爾さんへの憧れも生まれていた。
信州大教育学部音楽科に進学。同大混声合唱団に入り、2、3年では指揮者を務めた。合唱指揮者を志す気持ちが高まり、講習会にも参加。日本の合唱指揮の第一人者で師と仰ぐ故・関屋晋さんと出会い、直談判し同団の客演に迎えたのは、中村さんの功績だった。
大学時代から地域のアマチュアコーラスを指導。赴任先の小、中、養護学校では児童、生徒たちと合唱に打ち込んだ。教職に就いた後も、夜間や休日にはいくつもの団体の指揮者として熱心に活動を続け、自らのニックネーム「クマ」のドイツ語から名付けた混声合唱団「ベーレンコール」も立ち上げた。
サイトウ・キネン・フェスティバル松本、セイジ・オザワ松本フェスティバルの合唱団、SK松本合唱団、まつもと市民オペラ合唱団なども指導し、県合唱連盟の理事長を務める。
教員退職後のプランは、昼間は地域のシニア世代などと歌の基礎を楽しむ講座や教室、夜間は以前から続ける団体の指導、と考えていた。が、コロナ禍で会場が使えない、密にできない状況が続いた。制約があっても「音楽をやめてはいけない」との風潮が高まり、昨年頃から各地のコーラスの活動が徐々に再開。新たに結成したグループや講座など新規の指導依頼も増えてきた。
「歌う行為は寝食と同じで人間の本能。人間は歌が好きな生き物だと思う」と中村さん。「ハモる喜び。違う価値観や思いを持ちながらも、調和、共有し合えるのが合唱の良さ」と強調する。
次世代育成の大切さも感じ、大町市文化会館の親子向けワークショップなども指導。「団に入らなくても、合唱の好きな子が増えてほしい」と願う。10日は、企画段階から携わる同市文化会館での「早春賦誕生110周年 北アルプス 秋の音楽祭」で指揮する。

【メモ】
早春賦誕生110周年 北アルプス 秋の音楽祭 10日午後2時、大町市文化会館。唱歌「早春賦」、同歌の作詞者・吉丸一昌が手がけた旧「大町高校校歌」ほかを、地元住民による合唱団らが披露。校歌歌唱希望者は、当日午後0時半からのリハーサルを経て登壇可。シンガー・ソングライター汐入規予さん(長野市出身)、アンサンブル・グラツィオーソも出演。入場無料。同会館TEL0261・22・9988