
「おいしかった」がやりがい
木曽町三岳の田口光介さん(26)は、温泉旅館「釜沼温泉大喜泉(だいきせん)」の料理長だ。曽祖父が始めた宿は後継者がおらず、閉業の危機にあったのを兄の雄太さん(31)が3代目として祖父から引き継いだ。「料理を一生の仕事にし、兄と共に歩んでいきたい」と、5月から厨房(ちゅうぼう)で腕を振るっている。
引き継いだ兄を「手伝おう」
JR木曽福島駅から車で約15分ほどの、山あいにたたずむ6室の宿は1975(昭和50)年の創業。日帰り入浴もでき、「日本秘湯を守る会」の会員でもある。薬湯として江戸時代から歴史がある温泉は、湯治に訪れる人も多い。料理は旬と地元の食材を生かした和食が基本。飲泉許可を受けた温泉水を使う吸い物や湯豆腐、卵焼きなどが名物だ。
光介さんは横浜市生まれ。祖父が営む温泉宿を幼い頃から訪れ、父親の仕事の都合で中高生時代を三岳で暮らした。宿は家族経営で「いつか自分も手伝うようになるかもしれない」と、料理人を志した。
町内の木曽青峰高校を卒業後、昼神温泉(阿智村)の旅館で仲居や料理人として働き、居酒屋や他の旅館でも経験を積んだ。料理は周囲から「おいしい」と褒められるようになったが、自分の味に納得できなくなり、料理の仕事をいったん辞めた。
土木関係の作業員など別の仕事をしながら、「本当に自分がやりたいこと」を探していた光介さんは2019年、故郷の横浜で革職人をしていた雄太さんが、木曽に移住して祖父の旅館を継ぐ決心をしたと知る。「兄がやってくれるんだという、安心感と驚きがあった」
昨年、横浜に帰省した雄太さんから、旅館の業務のすべてを担っていると聞き、さまざまな思いが込み上げた。「料理を手伝おう」と決意し、兄の元に移り住んだ。
いま客に出している料理は、亡くなった祖父から引き継いだメニューに雄太さんが考案した品を加え、よりおいしく食べられるよう熱いものは熱く、冷たいものは冷たくして提供している。光介さんは「まずは仕事に慣れ、落ち着いたら新しいメニューを」と考えを巡らす。
雄太さんは「(光介さんは)自分から進んでやってくれ、とても助かる。頑張りすぎてしまう面もあるので、フォローしていきたい」。
料理以外の仕事を経験したのも、いい休息になったと振り返る光介さん。社長でもある兄と切り盛りする宿で「『おいしかった』と言われるのがうれしく、やりがい。木曽を盛り上げるのに少しでも貢献できれば」と意気込んでいる。